ジョジョの奇妙な研究所

ジョジョの奇妙な冒険について色々と研究しています。
コミックスとジャンプ掲載時の違いや、ジャンプにしかないネタなどがメインになります。 所長:TOK

カテゴリ:ジョジョ > イラスト

季刊エス 2003年夏 Vol.3 のインタビュー記事
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荒木飛呂彦 個展 in PARIS
『ジョジョの奇妙な冒険』で圧倒的人気を誇る荒木飛呂彦がパリで個展を開催した。
第六部ストーン・オーシャン編も完結したばかりで、さみしい思いをしていたファンには嬉しいニュースだ。
今回は情報誌初!の独占取材でフランスの個展情報を紹介しよう。
2003年4月10日~30日、GALERIE ODERMATT-VEDOVI(PARIS, FRANCE)にて開催。
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「Giorno in Spring ,2003」84×59cm、イラストボード、アクリル絵の具

今回の個展は荒木さんたっての希望で実現したという。
荒木さんは「僕は世界に一枚しか存在しない『絵』というものにひかれるんだよね」という。確かに、つねに独創的で魅力あるイラストを描き続けてきた作家である。今回はそんな『ジョジョ』作品をもって、フランスでの個展。彼のイラストは西洋絵画の伝統ある画廊の人にどう受け止められたのだろうか?
漫画というフィールドから新たなジャンルへ挑戦を挑む荒木さんと画廊のオーナー・ヴェドヴィ氏に話を伺った。
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――今回フランスで個展をされるにあたってきっかけはどんなことだったんですか? 作家さん主導で、というのは珍しいと思うのですが。
荒木 僕のマンガというのは十五歳くらいから二十代の人が読むものだと思うんだけど、ある時九歳の女の子が僕に対して「絵、じょうずね」っていってくれたんですよ。それがね、嬉しかったの。マンガを読んでもいないのに、僕の絵にだけ興味を持ってくれていたのね。それと年寄りの人もやりなさいよっていうわけよ。それで、「そうなの?」って感じてやろうと思って。でも日本人よりも海外の方はどういう風に見るんだろうなと思って、その後いろんな人と知り合ってフランスでの個展になったの。自分でも驚いてはいるんですけど、きっかけは小さな子供。
――なるほど。では、画廊のオーナーとしては個展の開催依頼があったときにどのように思われましたか? こちらの画廊はいつもはルノアールやシャガールなどを展示している老舗の画廊だと伺ったので、とても新しい挑戦だったのではないかと思うのですが。
ヴェドヴィ まず私は抽象絵画の画商として、今世界的に注目されているマンガやアニメに非常に興味があったんです。そして村上隆さんなどの絵を拝見して非常に憧れを持っていた。そして何か新しいことを始めたいという気持ちがあって、お話が来たときにすぐ繋がりが持てるような感じがあった。だからそれが運命の繋がりだったんだと思います。また、同時期にトーマス・アルノーの、この人は有名なアニメの抽象絵画の画家なのですが、その人の絵を私は非常に好んで見ていました。でも彼が成功しているのは、アニメのテクニック、アニメの原画のイラストを出していること、色遣いもアニメのものにしていることが原因だと思うのです。そうした彼の持ち味に非常に興味を持ったことが、やはり荒木さんの展覧会に繋がったんだと思います。
――それは、日本的なアニメやマンガをご覧になって、西洋絵画にはない特殊な感じを受けるということでしょうか?
ヴェドヴィ 今までのものの考え方でいけば、フランス人もマンガやアニメは子供の読むものと思っていたのです。ですが、村上隆さんにしても奈良美智さんにしても素晴らしい芸術を発表してらっしゃる。そのことがフランスやヨーロッパでも認められている。それはやはり芸術として認めたということで、それに私も共感するということです。だからマンガのイラストレーションも抽象絵画の一端に入るという風に私たちは思っています。それは私たちだけではなく、ヨーロッパ人の芸術感覚だと思います。もちろんフランスでも若い人たちはマンガを好みます。ですから『ジョジョ』がフランス語版で出ていますが、買っている読者は十代から二十歳くらいの子供たちかもしれない。でも彼らも芸術性がなかったら絶対好まないんです。芸術性があるからこそ子供達の夢の中でもそれが受け入れられたと思うので。
――ヴェドヴィさんは抽象画としてご覧になっているそうですが、お描きになっている立場としてはどう思われますか?
荒木 自分的には抽象絵画というよりも西洋の古典技法に影響を受けているので、例えばベラスケスとかゴーギャンの色の配置が大好きで研究してるところがあります。それをマンガに取り入れているところはある。だから抽象絵画という概念はないです。むしろ取り入れて融合しているフュージョンの感覚はあるかな。マンガ家はたくさんの役割を持っていて、脚本家やカメラマンや俳優などがあったりするけど、画家みたいなところもあるのかなって思う。僕はそういうところに力を入れているというか、そういうタイプの漫画家だと思うので。でも抽象絵画は好きで見てはいますけど、概念は僕にはあんまりない。むしろどちらかというと古典的な方に意識はいってるから、なんというか・・・・・・ネオベラスケス?
――なるほど(笑)。古典絵画がお好きで見ていらして、そこから色の法則などを追求なさっているとのことなんですが、そういうところはヴェドヴィさんもお感じになりますか?
ヴェドヴィ 彼の作品の色の使い方が非常に美しいということから、やはり印象派の絵を非常に見てらっしゃるなという感じはします。でも抽象絵画、いわゆるコンテンポラリーの絵画もジャンルとしてとても構図に動きがある、雰囲気がある、色も非常に多く遣う。そしてやはり彼の作品の中にも非常に動きを感じる。動きがあると同時に美しい色遣いがある。そこが何か夢を膨らますように私には感じます。
――確かにキャラクターのポーズなども凄く独特で、マンガのモノクロ原稿でも非常に面白い構図があるんですね。それは荒木さんの特徴の一つだと思うのですが、そういうところも同じように見てらっしゃるのでしょうか?
ヴェドヴィ 一つ一つの、一コマ一コマの絵のデッサンが非常によくできているというところに感動があります。
――日本では最近はデッサンを取れた上でいかに自分なりにデフォルメするかというのが問題なのですが、その大先輩が荒木さんみたいな方なんですけれども。これから日本でマンガとかアニメーション、そういうものに携わっている方たちに期待されることはありますか?
ヴェドヴィ 日本の終戦後というものは、マンガの社会、アニメの社会、そういった芸術面でもアメリカから非常に影響を受けてこられた。しかしこれからの社会では日本のアニメというものが世界に影響を与えていく。日本のアニメーション、マンガの社会というものが世界に知られているということはみなさんが感じてらっしゃるわけです。そのように認知しているでしょうから。だからこれからは若い人たちが非常に出やすい形で発達して行くんじゃないでしょうか。
――なるほど、面白いですね。国内で作品を描いてる立場ではそういうことはなかなか分からないですから。海外で日本のマンガやアニメが流行っているといわれてもピンとこないんです。他の人からどう見られているのか、特に海外からそういう風に見られているという事はとても面白いです。
ヴェドヴィ 我々はやはり今までの既成概念に囚われている。新しい若者たちが自由な立場でもって世界的に視野を広げながら、自由な社会で何かをするということが、アニメやマンガを描くということも含めて、新しい意見になってくるんじゃないでしょうか。
――ちなみに今回は荒木さんの展覧会ということで、個人的に荒木さんの絵のどこらへんが一番面白いと思われますか?
ヴェドヴィ まず美しいこと。美しさを追求するということがこの社会からだんだんなくなってきている。また、新しい、今までなかったようなエリアに踏み込んでいること。私が子供の時に見たマンガ、子供の時に見たアニメというものとは全然違った新しい社会を創造してらっしゃる。そういうこともわたしが興味を持っていることです。個人的なお話になりますが、私には六才の男の子がいてその子がもうすでにマンガという言葉を使っている。ということは日本の「マンガ」という言葉がフランス語化しているということなんです。それだけ日本のアニメ、マンガが浸透しているという風に理解しています。そもそもわたくしの息子は荒木さんの『ジョジョ』の大ファンなんです。
――そうなんですか? 読者は世界中にいるということですね。
ヴェドヴィ そういうことです。たくさんいるということですよ。
――じゃあフランス展だけでなく、また別の国や土地でも展覧会を開催するといいかも知れませんね。
ヴェドヴィ 私の両親はベルギーのブリュッセルにある老舗の画廊なのです。ですからたぶん次回はベルギーでも公開させていただくことになるかもしれません。そうしたいと私は思っております。
――もう次回の予定があるようですね(笑)。
荒木 ヴェドヴィさんからいわれると。プロポーズがあったら地の果てまで行ってもやりますよ(笑)。すごい喜んで。
――じゃあ、次回展覧会を楽しみにしていますということで(笑)。ちなみに、今後こういう風に絵を描いていきたいというような抱負みたいなものがありましたら。
荒木 僕はいつも「勇気」みたいなものをテーマに絵を描いてるんです。やっぱり読んでる人に元気を与えたいかなって。ネガティブな方向には走らない、そこだけ気をつけて行こうと思っています。
――九歳の少女や六歳の少年もファンですからね(笑)。今日はどうもありがとうございました。

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個展レポート
 漫画のイラストを抽象画として
 今回の個展が行われたのは、オーデルマット―ヴェドヴィ画廊。ここはクリスチャン・ラクロワなど高級ブランドのブティックが建ち並ぶフォーブル・サントノーレ通りに面し、フランスの大統領官邸・エリゼ宮のすぐそばにある老舗の画廊だ。インタビューでも出たように、普段はルノアールやシャガールなどを展示しているということで、今回のように漫画のイラストを抽象絵画として展示するのは大きな挑戦だったそうだ。
 もちろん、その背景には村上隆や奈良美智など日本の現代美術のアーティストたちが評価されていることがある。また、フランスのテレビで『ドラえもん』や『遊戯王』が放映されており、日本の漫画・アニメが浸透していることもあるのだろう(ちなみにこの二作品は、個展会期中朝の八時台に放映していた)。
 そんな中で、漫画・アニメの絵を「新しい抽象画」として位置づけたいというヴェドヴィさん。今回の個展に関してだけでなく、新たな時代の流れをこのように考えているそうだ。「新しい世代の代わり目だし、新しい抽象絵画の時代はマンガの社会じゃないかと思います。それに対してはわたしの目は狂っていないと思うのです」
 老舗でありながら新たな挑戦を忘れない。それは、漫画家でありながら絵画としてどう見えるのか?にチャレンジした荒木さんと響き合うスタイルではないだろうか。

ジョルノとジョリーン 描き下ろしの二作品
 画廊の正面に飾られたのが四八ページ(※↑)に掲載したジョルノの新作イラスト。このページ(※↓)に掲載したジョリーンの作品とは対になる、描き下ろしの二枚だ。八四×五九センチという大きなサイズで描かれたジョルノは画廊の玄関の美しさと相まって存在感充分。もちろん、道行く人が足を止めて見入るシーンもあり、年代も若い女性からスーツ姿の中年男性、おばあちゃんなどさまざま。ちなみにジョリーンのイラストは、ジョルノの作品の「真下」に展示。画廊の地下(非公開)に設けられたスペースに飾ってあり、一階の床に空いたガラスごしの小さなスペースから覗くという構成だ。これはガラスを鏡に見立ててた面白い構成で、荒木さんらしい遊び心のある演出。
 余談だが、ジョルノにそっくりと言われていたオーナーのヴェドヴィさん。荒木さんいわく「あんまり似てるから、それで気に入ってくれたのかな?」と冗談をいうシーンもあった。
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「Jolyne in Spring, 2003」84×59cm、イラストボード、アクリル絵の具
 
ファンもたくさん来場
 オープニング初日はたくさんのファンが来場し、会場は一時混雑状態に。ファンの多くは日本語版のコミックスを手にしてサインを求めていたが、中にはLDを持参している人も。四十枚近く飾られた原画をしげしげと眺めながら漫画について語る姿は日本とほどんど変わらない。中にはベルギーから来たという大学生もいて、ネットのファンサイトで出会い、グループで来たそうだ。
 また、漫画のファイルを持参して荒木さんにアドバイスを求めていた人も。荒木さんいわく「日本人は線で描くような人が多いけど、フランスの方は面で描くようなタイプが多くて違いがあるよね」など親身に相談にのる一幕もあった。他にも『ジョジョ』作品のゲームやアニメなどの質問が相次ぎ、一時はファンによるミニインタビューのような雰囲気に。
 そして、帰りには芳名帳に感想を記していたが、そこにはもちろんジョジョキャラが。フランス語版は第三部までしか発売されていないとのことなので、日本の読者には懐かしい承太郎などが描かれていた。
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マンガ オモ! 2002年1月増刊号に掲載
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洋楽しか聞かない理由
 最後にちゃんと聞いた邦楽は、たぶんシーナ&ザ・ロケッツの『ユー・メイ・ドリーム』だと思う。紅白歌合戦はまず25年以上は見てないし、桑田佳佑だとか松任谷由実、宇多田ヒカル、浜崎あゆみ。名前は雑誌でみてすごい有名らしいってのは知ってるけど、どうゆう歌を歌ってる人なのかまったく知らない。
 家にある邦楽アーティストのCDはたった一人、渡辺貞夫。
 どうしてわたしはこんな人間になっちゃったのか?邦楽は本当にまったく聞かない。
 人と邦楽の話がまったくできない。すぐ話題を「浜崎あゆみのマツゲは本物ですか?」などと違う方向へ、持っていってしまう。音楽誌のインタビューで「邦楽ベスト5」をあげてと言われて、教師の前で九九を忘れた小学生のようにこおりついてしまった。
 なぜこんなんなっちゃったのか?
 答えはたぶん自分がマンガ家だからじゃあないかと思う。
 仕事をする時はBGMにあらゆる音楽はずっと流して聞いているのだが、仕事中の自分の意識はマンガの中の登場人物の心情に集中されている。キャラクターの喜怒哀楽を考慮しながら絵を描いてるわけだ。そこにBGMが日本語の歌詞で「わたしは天使なの」とか「寂しさには負けない」だとか「胸が痛い」とか言われると。今そーゆーシーン描いてんじゃあないんだけどなーと、気分的にジャマなのだ。時にはなぜか怒りとかわいてくる歌詞とかあるし、おまえにそんな事言われたくないよ、なんてムキに思ってしまうものもあって、日本語は感情がストレートすぎる、仕事中には向いてない。・・・というわけで、だんだん邦楽は聞かなくなってしまったのだ。と自分で分析する。
 で・・・ずーっと聞いてないとどうなるのか?タクシーとかに乗ったりして、運転手が聞いてるラジオからたまたま半強制的に邦楽を耳にしたりするのだが、これが全部同じ歌手同じ曲に聞こえるような感覚に自分がなってる事に気づいた。
 明らかに感覚の衰退だと思った。音楽は勉強し続けなくてはならないものであるのは確かなようだ。
 ・・・で、わたしは「洋楽だけ聞いてよ」っと思ったのだ。
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季刊Comickers 2001年秋号のインタビュー記事より
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―今回はテーマが「快感」なんですが、「ジョジョの奇妙な冒険」というと謎解きや敵を倒す時の爽快感があって、そこには物語も描写も含めて面白い!という快感があると思うんです。お描きになってる立場として意識してらっしゃいますか?
やっぱりね、善とか悪ってあいまいじゃないですか。ある視点から見れば、悪も良い人かも知れないし。それは青年誌にいくとあいまいなんだけど、少年誌だとハッキリ分けないとダメなんですよ。例えば殺人鬼にも、生い立ちとか生活があったりして、その人を知れば知るほど味方したくなってきたりする。そうすると可哀想な人に思えてくるんですけど、そこを少年誌で描いちゃダメなんです。その人が敵じゃなくなってくるから。キャラは「主人公と比べたら完全に悪い人だ」っていう確実な線引きがあるから快感になるんじゃないかと思うんですよね。
―でも作品中にはそういう生い立ち的な部分も多く描かれてませんか?
だから、そういう部分を描くと快感みたいなものはなくなるかなと思うんですけど、大人の味わいとして「哀しいな」みたいなのは出てくると思うんです。でも最初はとにかく悪いヤツだっていう風に決めつけて描いていかないとダメなんですよ。で、戦いが終わってから味方にしたりとか、バックボーンを描いたり、いろいろしますけど。
―そういう意味では少年誌で悪役の人生を描くと、物語のスピードが止まっちゃうところがある、と。
そうでしょうね。大人のマンガと子供のマンガの区別っていうのは多分そこだと思うんですけど。善と悪がわかりやすいというか。
―子供にはこう、善と悪がハッキリして、たたみかけるようなのが。
でも、「あんまりいつまでも子供でいちゃいけないよ」とか思うんですけど。単純なもんじゃないよ、あとあとの人生は、と(笑)。
―それから画面描写!特に肉体の破壊される描写がすごくて、快感に繋がっていると思うんですよ。
あれはただ、グロく見せようとかそういうものじゃなく、肉体を破壊するってことを絵の楽しさとして描いてるんですよ。例えば、大友克洋先生の破壊って、コップがパズルのように壊れるじゃないですか。部品がハッキリと描かれてますよね。それを人間の体で描くのが面白いんですよ。古い人ですけど、レオナルド・ダ・ヴィンチは人間を描きたいために、「体の中はどうなっているんだろう」って解剖して筋肉のつき方まで見たっていいますけど、そういう気持ちなんじゃないかなと思うんですよね。
―なるほど・・・・・・。でもたまに、重力に反した曲がり方も描きますよね・・・・・・。
(笑)。そこがまた面白いんですけど。
―逆にわざとそういのを描くことが面白い?
そうですね。そういうところ快感かも知れない。絵を描かない人は、大変なんじゃないかとか、一体何時間かかるんだろうなとか考えるんでしょうけど、描いてる人はそういうことをあんまり恐れなくてもいいと思うんです。やってると楽しいですから。実は絵を描いてるところでそういうパズル的な面白さがあって、その辺は気持ちいいという感じがありますけど。
―確かにマンガ全体で感じるんですが、キャラが写実的に立ってるというより、変な格好でこう・・・・・・(と「ジョジョ」ポーズを取る)。
それもね、イタリア美術の影響がすごくあると思うんだよね。彫刻とかを見るのが好きなんですけど、ねじってたりするんですよ。妙なドラマチックなポーズっていうのかな?あれなんですね。こうね、腕の片方が上がるともう片方がグッと入るとか(と体をねじる)、一つのキマリ、流れがあるんですよ。なんか見てると分かるんですけど、そういうのが面白いんだよ。ねじるとさらに面白くなってくるというか。
―きちんと立つものじゃなく、ねじったりする方に魅力を感じるという。
普通じゃないっていうんですかね。普通に描いてたら普通の絵だけど、絵ってちょっと変な感じを取り入れるともっと面白くなると思うんですよ。ちょっと気持ち悪いとかね。まるっきり美しいよりちょっとケガしてるとか。
―純粋な造形美よりも、そこになんらかのドラマ性だとか、別な何かがある方がいいという感じですか?
そうでしょうね。写真とかでも完全な美人よりちょっとニキビがある方が面白いと思うんですよね。どうしちゃったんだろう?みたいな(笑)。だから、ちょっと変なものがやっぱ面白いと思うんですよ。その辺はまだ子供には分からないところもあるかも知れないんで、ツライとこではある(笑)。でも、中学とか高校になってきたら分かるんじゃないかな、って思うし。今のうちから教育しておけば(笑)。
―それから、コマ割りについてお聞きしたいんですけど、あの・・・・・・昔より変型ゴマ増えてますよね?ナナメに切ったりしてて、自在に操れるようになってるというか。
そうですか?まっすぐのコマもあると思うんですけど(笑)。ナナメになってたりするのはね、指が切れたりするからなんですよ。まっすぐにしてると小指が入んなかったりするので、コマの方を動かしてる、というか。
―じゃあ、重要な絵のためにコマの形を変えるという?
そうですね。あと、フキダシが入んないから、フキダシを作るためにずらすっていう(笑)。
―でもそれだけじゃないような気が・・・・・・。たまに丸いのとかありますよね。
ありますね。あれはほとんど表情ですね。目の動きとか。ただそれだけですね。
―それはご自分でパターンみたいなものがあるんですか?
そうですね。ちょっと欲しいと思うんですよ。主人公が何を考えてるかわかんないなと思ったときとか、ネームの後で足りないなと思ったときとか。で、丸いからどこにでも入るんですよ、アレ。
―ああ、逆に四角いコマ入れると一コマ割り直すことになっちゃうからですか。じゃあ、変形ゴマを使った見開きで迷宮的な空間を創ろう、ということではないんですね。
そういうのはないですね。構図のためですね、あくまでも。あとやっぱりアクションの時はナナメになっちゃいますね。意識は全くしてないです。でもあんまり重要じゃないと思うんですけど。
―でもあれは一ページ単位でバランスを考えてやってるのではないんですか?
一ページ単位というか全体で見たりはしますけど、ちょっと暗くしてから明るくとか。黒っぽいコマにしてからちょっと明るい広めの構図取ったりとか、そういうのは前後見てかないと分かんないので。
―だから読者としては結構ビックリするコマ割り・ページ割りが多いんですよ。それはどこをポイントにして描いてるのかなと。
つまり、「ここは」っていう見せたいコマが絶対あるんですよ。ストーリーはそれに付属してるじゃないですか。だからだと思うんですよ。最初にネームの段階でそのコマがあって、説明的な人物のセリフなんかは次の重要度だから小さくして、というか。だから、絵で見てる人はここだけ見ればだいたいの話は分かる、細かいところはそこのセリフを読んでくれ、と。
―じゃあ、パッと見てもストーリーが分かるという構造になってる、と。
そうですね。絵を描いてる仕事なんだから絵を見て面白くなきゃマンガじゃないと思うんですね。ネームも重要ですけど、絵に魅力がないと。基本は絵描きじゃないですかね。作家とか、映画監督とかよりも自分的には重要だと思うんですけど。
―では、キャラクター造形でいうとどんなところを一番重視してます?
まず動機ですね。何で闘ってるのか、何で銀行強盗するのか、とか。そういうところをきちっと決めてくというのが大切だと思うんですよ。だから、ロボットマンガ描きたいな、と思ったら、何でロボットに乗ってるのかが一番。いきなり乗ってて闘うのは、なんだかわけわかんないですから。
―なるほど。背景が読めないと物語に信憑性がなくなりますからね。
そう。だから、そこが一番大切じゃないかと思うんですよ。で、動機が決まるとね、いろんなものが決まってくるんですよ。関連して決まってくる。こういう性格で、ちょっと勝ち気で、でも虫には弱くて、弱点はこうだとかね。どんどん面白くなってくるんですよ。だから、動機が基本で、徐倫とか、ジョルノとか仗助とかジョセフもそうだったんじゃないですかね。そうしていくと、その動機は親だったり、先祖からの因縁だったりするんですよ(笑)。「ジョジョ」の場合はそういうところですね。あと社会の圧力だったりとか、そういうのが多いじゃないですか。それに対して自分はどういう風に思ってるのか、という風に決定されていくと思うんです。
―確かに「ジョジョ」では闘う動機とか性格などを血として受け継いでいってますよね。
そうですね。やっぱり、因縁というのはあるんじゃないかと。あとね、マンガを描いてると哲学的な境地にまで考えが及んだりすることがあるんです。そもそも主人公は何でここにいるんだろうな、と思うわけ。描いてると、どうしてこの人は生まれてきたのかなという所まで考えちゃうんですよね。そうすると人間って何でいるんだろうなというところまでいくんですよ(笑)。神様っているのかなとか、何で人間は地球にいっぱいいるのかな、みたいなさ。そういうとこまでつい考えてしまうんですよね。描けば描くほどそういう風になってくるんですよ。で、動機にに戻りますけど、マンガ描く人はまず動機を決めるべきだと思うんですね。そうするといろんなものがとにかく不思議にできてくると思うんですよね。拡がってくるというか。あと、人とちょっと違ったものにしようという意識が必要というか。なんか見たことあるヤツだな、っていうのはちょっとやめたり。
―じゃあ、キャラデザインも生き方や動機の設定という部分とリンクさせた方がいいんですか?
そうそう。それも一致するというのが基本ですよ。で、動機というのはやっぱりね、その作家のものの考え方、一人一人の見てきたもの、経験なんじゃないかと思うんですよね。
―なるほど。それから、すごく巧妙な物語のトリックについてお聞きしたいんですが。
それはまず、何を描くかを一個決めて、それに合わせていくっていう感じです。先週からの続きっていうのもありますけど。例えば、岸辺露伴だったらマンガのためならクモでも喰う、みたいなことを決めて、その週は彼がどういうヤツかっていうのだけ描く。だから、二個も三個もあるのは絶対ダメです。二個も三個もある時は次の回にまわして、一つだけでいいんですよね。
―その一つを展開させるためにエピソードを作るという感じで?
ええ。クモまで喰うのは面白いなと思ったら、その前から何か変なヤツだなって風に展開させていって、「あ、やっぱり変なヤツだったよ」っていう流れにするんです。で、「こいつが敵かよ?ちょっとやばいんじゃないの?」って思わせたりとか。主人公としてもどうしていいかわかんなくて、「どうやって闘うんだよ?」って思うじゃないですか。
―確かに!そういうのはすごくスリリングで怖いですよね。
あと、物語の進行の基本がサスペンスにあるっていうのかな。そこが人と違うのかなといつも思ってるんですけど。ナゾとかが基本というか。サスペンス映画が好きだから、始まって何分後にナゾが出てきたとか、人が死んだとか、そういう風な起承転結やテクニックをすごい勉強しましたね。とにかく起承転結が好きなんですよ。やっぱ四コママンガ的な基本というか。食事とかも前菜、スープ、メイン、デザートみたいなのが好きなんで(笑)。
―最後に、少年誌っていうのは人が初めて見る物語の媒体の一つだと思うんですけど、それに関して意識してることはあります?
いや、それはほとんどないですね。でも、例えば子供を殴っちゃいけないとか、最近ちょっと規制が増えたので、逆に描きづらいかも知れないですね。でも、少年誌という意識は自分では全然してないです。だってそれを意識してたら、外人を主人公にしちゃダメだよとか、主人公殺しちゃダメだよとか(笑)、さんざん言われてきたことをやってるわけで。でもそういうのは打ち破っていかないと。意識してたら逆にダメかも知れない。「やるな」っていうことをやるのは人間好きだから(笑)。でも、タバコを吸うシーンとかは描かないようにしてますね。直接クスリやったりするシーンとか。
―そういう状況があっても、シーンとしては描かない、と。
そう。暴力シーンやエッチなシーンとかはあんまり意識してないと思いますけど。
―そうすると今までわりと自由に描いてきた、っていう感じですか?
それはそうですね。描き直しも何回かはありましたけど。でもやっぱりマンガ家になる人はそういうことをちょっと考えてからやらないと。表現としてはどうなのかな、と思うことはありますから、自分で基準みたいの決めた方がいいと思いますよね。
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インタビュー以外に、ラフ画やプロット、ネーム、下書きの見える原稿と、とても貴重なブツが荒木先生の作画テクと共に紹介されています。

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つねに時代のムードを反映させている「ジョジョ」の世界、荒木さんとしては、映画やテレビ、小説などで今流行ってるということは、もう古いということだから描かないようにしているとか。「仗助とか承太郎にピアス入れるとき勇気いったよね。あの時代は一般的じゃなかったから、マンガの主人公がやっていいのか?って思って」。また、最近は入れ墨やタトゥーの模様、グラフィティなどに関心があり、写真集を見ているという。「グラフィティはストリート技術というんですかね。描いてみるとなかなか描けないんですよ。アシスタントにやらせても何か違うんだよね。抽象画っぽいというか、このかっこよさ、悪そうな感じが出なくて。環境が出てくんのかもしれないですね」
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少年誌には珍しくピンクや水色などカラフルな色を使う荒木さん。色味に関しては、聞いてみたところゴーギャンの影響があるとか。「ゴーギャンって、浜辺をピンク色に塗ってバカにされたっていう画家なんですよ。でも、そこがいいなと思うんです。その水色とピンクの対比というか。色の組み合わせにはパワーがあると信じてます。この色とこの色が並んだときに出すパワーとか。力のある組み合わせがあると思うんですよ。地味なヤツもいいですけど。色は古典的なところから学んでたりしてますね」。ちなみにキャラ造形についてはこんな逸話が。「誕生日や血液型、好きな映画を決めるのはプロフィール考えるときの基本で、やらないとダメだと思うんですよ。あと、前は相性占いまで調べてたんですけど、当たってないな、と思ってやめたんです(笑)。動物占いが流行ったらそれもかな、と考えてたんですけどね(笑)」
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これがカラー原稿用のラフ案。左二つは扉ベージの試案で、右は隣のイラストのラフ。ラフ案に関しては机の周りに置かれた『イタリアン・ヴォーグ』などの海外ファッション誌を見ながら、流線で構図のアタリを取っていくという荒木さん。なんと男性を描くときも女性のファッション写真を参考にしているという。「男性の写真って普通に立ってるのが多いから、面白くないんです。例えばスティーブン・マイゼルの写真とかって、体のどの部分なんだコレ?みたいなのあって面白いと思うんですよね。それに印象に残るのはこっちの方じゃないですか」。扉のラフに関しては、このままだとお尻が入らないからずらし、肩や首の角度も直したそうだ。また、注意して描いてる部分は「肩のボリューム、ウエストライン、あと膝下が長い人が好きだね。膝下長いっていうのはカッコイイ条件だから厚底サンダル履く気持ちが分かる(笑)」とのこと。

プロット 
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これが「Act.85 思い出」のプロットで、左側にキャラ名、右側に状況説明とセリフが書かれている。特に荒木さん独特の擬音が大きく描かれていることに注目。青の線ひと区切りで1ページ分の目安だとか。「1回19ページなので、4枚目半ばあたりから入れ込みすぎてちょっと今週やはばいなっていう(笑)。来週送りじゃないのか?って悩みつつ、ここまでは入れないと読者わかんないだろうな」と調整してネームに移るそうだ。「テンポとか構図を考えながら、移動していくんですけど、ネームへいくのも大変でパワーいるんですよね。ページに入りきるかとか、迫力あるように演出できるだろうかとか思って。プロットは好き勝手なこと描いてるんですけど、ネームが基本ですから、やっぱり」

ネーム
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上はプロットから起こしたネーム原稿。「実際描いてみて迫カがないなと思ったら、移動します。これ(下の図版参照)見開きで、ただ三コマですね。振り向いて、矢印なんですけど、敵を襲う。ホントにただの記号として描きますね」とのこと。しかもプロットからネームを起こすときには、すでにコマ割りまで頭の中にできているそうだ。また、コマを割るときのカメラワークについては「カメラの視点は上下左右いろいろなところから撮ったりしないで、同じ視点で寄ったり引いたりとか、そういう構図が多いと思います。作家さんによっていろいろあるんですけど、私の場合はアクションとか起こさない限り、ずっと定位置なんですよ。だから回り込んで寄ってたりはしないんです。物語の、カメラの視点っていうのは、主人公の視点だったり、敵の視点だったりするわけですから」ということで、定位置を心がけてるそうだ。

クローズアップ 
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これから紹介するのは「Act.85 思い出」の回の生原稿。荒木さんは画用紙をピンで留めて裁断したオリジナルの原稿用紙を使用している。人物のアタリをラフスケッチと同様に青線で取っていることに注目。また、枠外にはトーン番号や効果線の指定などが同じく印刷に出ない青線で描かれている。
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肉体派キャラのルーツについて聞いたところ、キリシャなどの古典西洋絵画の伝統にあるという。「昔は肉体美に生命力というかそういう意味を感じてて。シュワルツェネガーとかの全盛期で、面白い作品いっぱいあったから。でも今は女性の方がバキバキになってるから、男性よりそっちの方に変わってきてるかもしれないですね」。ただ、キャラを描くときの意識としては、「女性とか男性の区別はなくて、人間として捉えてます。これからのマンガだとは特に区別しない方がいいかも知れないですね」とアドバイスをしてくれた。
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「ジョジョ」においては男女問わずキャラがセクシーなのは有名だが、そのヒミツが分かるワンショット。F・F(エフ・エフ)の目元、眉毛に注目。目の縁取りはペンで描かれたものだが、外側、いわゆる化粧でいうアイラインを黒のマーカーで太めに描いているのだ! ちなみに男性キャラの眉毛についてはこんな逸話が。「少年マンガには、絶対眉が太くなければいけないっていうキマリみたいなのがあってね、私もそれを克服するのに何年かかったことか(笑)。それは川崎のぼるさんの「巨人の星」の呪縛で、それがとれてきたのが仗助の頃です」
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DアンGを撃とうとして逆にホワイトスネイクの手刀を受けてしまうF・F(エフ・エフ)。ここはプロット1ページ5段目から2ページ2段目までのシーン。プロット1ページ4段目を前に載せた計3ページの原稿に振り分けて、こちらのシーンをアクションたっぷりで見せている。上のアップは勢いよくホワイトスネイクの手にめり込む弾丸のスピードを表現しているシーン。血しぶき、ペンの上から入れたホワイトの線、素早い動きを表現するための斜線に注目(右上のホワイトスネイクのAの字は右部分だけ斜線になっている)。
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右はヨーヨーマッが蒸発していくシーン。煙が立ち上るように入れられたホワイトと、トーンを貼った上から重ねられたインスタンテックスが消えていく様を見事に表現している。左は最終ページ。前出のネームでは、アナスイがショックを受けている顔のアップが最後のコマになっていたが、最終的には手形が焼きごてのように残っているということをアップで強調して不気味さをさらに増した形の原稿が完成した。
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弾が当たって下から上へ首がふっ飛ぶという荒木さんらしいケレン味のあるシーン。血のように見えるように「ドボ―――」のドだけ白抜きされていたり、遠くに行くほど大きくなる「ゴァパァァアン」の文字が血しぶきを連想させる。また、胴体から出ている血はベタで表現されているのに対し、壁にかかった血は集中線が入っているところが面白い。こういうアクションシーンはどういう順番で描くか悩むところだが、荒木さんの場合、キャラのペン入れ、細かい血しぶき、集中線を先に入れ、その上からトーンを貼り、そして描き文字をおいてホワイトで文字の周りを抜いているようだ。

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上は画集用に描き下ろされたイラストからスタンドが集合している一枚。左はスタンドのラフ案など。スタント造形に関してもデザイン的に奇妙で印象に残る方を重要視するという。「テーマがあるんですよ。闘う形とかね。肉体派でパンチを繰り出すな、と思ったらそうするし。例えばザ・グレイトフル・デッド(カラー図版右端の緑のスタンド)、あれはパンチがいらなから手をとって全部足にしたんです。要するに彼は機能を100%どう活かすかという、機能性のために形ができてる代表選手かもしれないですね」。ちなみに、第三部に出てくるマジシャンズレッドはエンキ・ビラル「ニコポル三部作」のホルスからとったんですと笑顔で教えてくれた。
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左はエルメェスのスタンド「キッス」、右はジョンガリ・Aのスタンド「マンハッタン・トランスファー」のラフ。「ジョジョ」ではスタンド名に洋楽アーチストの名前やアルバムタイトルがつけられることが多く、ファンの楽しみの一つ。鉛筆で描かれた方の「キッス」のラフは首・胸の衣装が変化している。スタンドは本人の成長により進化するものなので、今後新たなカが生まれる可能性が?
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その1からの続き (9/9 斑目貘追加。9/15 山下たろー追加)

●「太臓もて王サーガ」(大亜門)の百手太臓
赤マルジャンプ 2006夏の袋とじ企画『外伝太臓もて王サーガ 変人偏屈列伝』より
赤マルジャンプ2006年9月25日増刊
もて王の漫画の中の1ページを荒木先生が描いています。王子の偽物という設定。
直後に行われた、もて王の人気投票企画にて、作者自身が3位となったが、
その際にこのイラストのパロディを描くというよく分からない状況になっていました。

●「県立海空高校野球部員山下たろーくん」(こせきこうじ)の山下たろー
『県立海空高校野球部員山下たろーくん』5巻より
yamasitataro
巻末ページにて寄稿。ボールを打つときの擬音にまさかの『ババギョオ』。
こせき先生は、荒木先生が生まれて初めて肉眼で目撃した漫画家であり、あこがれの先輩です。こせき先生との交友ネタは結構あるのでそのうちまとめたいと思います。

●「NARUTO」(岸本 斉史)のうずまきナルト
『NARUTO秘伝・皆の書オフィシャルプレミアムファンBOOK』より
NARUTO皆の書
NARUTO連載10周年記念本。2009年SBR連載中。
祝福メッセージとしてジャンプ連載作家陣がナルトを描いてます。 

●「俺物語!!」(アルコ/河原和音)の剛田猛男
『BETSUMA 50th ANNIVERSARY SPECIAL TRIBUTE VOL.1』より
別マ50
別冊マーガレット50周年記念として、2014年1月号に付いていた付録。
集英社の連載作家陣がお祝いイラストメッセージを寄せています。
同時期に「俺物語!!」と「ジョジョリオン」のコラボが行われ、
東方定助のコスプレをした剛田猛男と、広瀬康穂のコスプレをしたヒロイン・大和凜子のイラストが、
ポストカードになったり、集英社のビル壁に巨大パネルとして展示されたりしてました。

●「嘘喰い」(迫稔雄)の斑目貘
YJC『嘘喰い 30巻』より
usogui30
嘘喰い30巻突破記念のお祝いイラストメッセージとして巻末に掲載。
ビーティーのようなビーエムです。
『嘘喰い×JOJO ドリームコラボ』ということで、別のページには迫先生の、なんか病んでる承太郎&スタープラチナも描かれています。

●「ハリスの旋風」(ちばてつや)の石田国松
●「おれは鉄兵」(ちばてつや)の上杉鉄兵
文藝別冊『総特集 ちばてつや 漫画家生活55周年記念号』より
ちばてつや
ほかと感じは違いますがこれも一応。
他に、江口寿史、高橋留美子、あだち充等が、ちばてつや先生に対する思い出を漫画で描いたりしています。


他にもこんなのあったよ、ってのがアレば教えて下さい。
実在人物系はまた別の機会にまとめようかと思います。 
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●「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(秋本治)の両津勘吉
『こちら葛飾区亀有公園前派出所大全集 Kamedas』より
カメダス
「われら両さん党!!」という企画で、主にジャンプ連載作家からイラスト入りメッセージが寄せられてます。
他に小林よしのり、原哲夫、北条司等が描いた両さんが掲載されています。
時期的には4部連載中。

『週刊少年ジャンプ』1996年52号より
1996_52_こち亀1000回
こち亀連載1000回記念で描かれたイラスト。時期は5部連載中の頃。

『こちら葛飾区亀有公園前派出所大全集 Kamedas2』より
カメダス2
こち亀25周年記念本。前回よりもイラストメッセージを寄せた作家が増え、他に尾田栄一郎、小畑健、桂正和、岸本斉史、冨樫義博等。

連載30周年記念の『超こち亀』より
超こち亀
ジャンプ以外の連載作家も含め90名近くの寄稿イラストが掲載。
その他、ゴルゴ13、ルパン3世、キン肉マン、ドラゴンボールとのコラボ漫画ありとかなり豪華な内容。



●「ウィングマン」(桂正和)のウィングマン
画業30周年記念本『桂大全』より
桂大全
「桂特録」では色んな作家からのトリビュートイラストが掲載。
鳥山明、森田まさのり、尾田栄一郎といったジャンプ連載作家陣以外にも、複数の海外アーティストがイラストを寄せています。


●「北斗の拳」(原哲夫)のケンシロウ
『コミックバンチ 2007年1月8日増刊号』より
コミックバンチ2007年1月8日増刊号
「蒼天の拳」TVアニメ化を記念したコミックバンチ増刊号。
荒木先生の他には、秋本治のケンシロウ、 笠井晶水のユリア、 きたがわ翔のフドウ、 田島昭宇のケンシロウ、 森田まさのりのラオウが、「北斗の拳」トリビュート・ピンナップイラストとして掲載されています。

その2
へ続く 
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前回の答えです。

(クリックすると大きい画像が開きます)
承太郎を探せ 解答編

各ジャンプキャラを拡大してみました。どこにいるか改めて探してみてください。
ちなみにこれが当時の全連載作品です。

承太郎は全身黄色な上に、背景の色にかぶって解り辛かったかもしれません。
(しかも背を向けていて顔も殆ど見えない・・・) 
手に持っているのはフェンシングの剣です(銀の戦車繋がり?)。
何気に桜木花道も難易度高いです。まさか周りの絵にここまで合わせてくるとは・・・。

そしてジャンプキャラ達の隠れテーマは「バルセロナオリンピック」でした。
オリンピック競技やスペインにちなんだ格好をしています。 
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