ジョジョの奇妙な研究所

ジョジョの奇妙な冒険について色々と研究しています。
コミックスとジャンプ掲載時の違いや、ジャンプにしかないネタなどがメインになります。 所長:TOK

カテゴリ:ジョジョ > インタビュー

COSMO POLITAN 2003年7月号 のインタビュー記事
僕にとってマンガは日記みたいなもの。次回作も今の作品の先にしかありません
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僕のマンガを読んだことのない年配の方と、9歳の女の子から絵をほめられたことが、パリで個展を開く自信になった
『週刊少年ジャンプ』の数あるマンガの中で、'87年の連載開始以来、16年にわたって読者の圧倒的な支持を受け続けている作品がある。独特のタッチをもった美しい絵と、奇妙なまでに精緻な世界観に裏づけられた、スリリングなストーリーをもったその作品が『ジョジョの奇妙な冒険」。コミックスは通算で79巻を超え、最新のシリーズPart6『ストーンオーシャン』も、先月、無事終幕を迎えたばかりだが、その作者が彼、荒木飛呂彦だ。
「もちろん、連載開始当初は、こんなに長く続くとは思ってもいませんでした。でも『エデンの東』とか『ゴッドファーザー』みたいなアメリカ小説の伝統、というか、話ごとに主人公が変わっても、じつはストーリー全体は何世代にもわたって続いていくような物語を書きたい、ともずっと考えていたんです」
19世紀のイギリスに端を発する、誇り高き紳士ジョナサン・ジョースターと、古代遺跡から発掘された石仮面の力で吸血鬼となったディオ・ブランドーとの善と悪の闘いが、その後も延々、シリーズを重ねるごとに世代と国を超えて続いていく……一度読んだらやめられない、超ド級の冒険大河ドラマ、である。
「僕が小学生のころは、『少年ジャンプ』が創刊されたり、『巨人の星』『あしたのジョー』が大人気で、すごくハマったんです。自分の生き方までマンガに教えてもらったような気がしましたね。ジャンプはお守りというかバイブルでした。どんなに荷物が重くなっても、学校のキャンプには必ず持参。手もとにあるだけで安心するんです。もちろん、ホームシックになると取り出して読んでいたし。マンガには、すごく救われた気がしています」
そんな読者としてのマンガとのつき合いが、次第に、自分の思いをマンガで表現したいという気持ちに変わっていったのは高校時代。
「テレビの『刑事コロンボ』が大好きで、あれは犯人を最初に見せちゃうじゃないですか。見ていると、犯人に感情移入している自分がいるんですよ。コロンボが『ちょっと待ってください』と言うとイヤーな気持ちになったりして(笑)。そんなふだんの価値観と違うものを見せられたりすると、本当にみんなが言っていることは正しいのか、とか物事をすごく多面的に考えるようになりましたね。次第に人と違う考えが浮かぶと、それを何かで表現したいと思うようになったんです」
さまざまな表現手段がある中、彼が選んだのは、やはり「マンガ」だった。
「マンガって、いろいろな魅力があるんです。絵はうまいけど、ストーリーが書けない人でも、絵がすごくへ夕な人でも、マンガ家になっている人はいる。文章だけでも、映像だけでもない魅力がある。それに、学校の勉強ではほめられたことがないのに、授業中に描いたマンガとかでは、友達とかから、絵、うまいいね、とほめられたのも大きかったかな」
この4月に、パリで初めての個展を開いたのも、彼のマンガを読んだことのないかなり年配の人と、9歳の女の子から「いい絵だね」とほめられたことがきっかけだったという。
「フランス人が日本のマンガをアートとして興味をもったのにも驚いたけど、素直に評価してくれたのは自信になりましたね。僕にとってマンガは日記みたいなもの。昨日完結したからといって、まったく違う世界観は描けない。完結した作品の延長線上、連続していく先の部分にしか、興味がないんですよね」
『ジョジョ』の世界は、まだまだ続く!
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荒木先生のインタビュー・対談・エッセイ・コラム等を纏めてみました。
結構抜けがある(少年ジャンプやウルトラジャンプや画集や文庫本等)ので後々足していく予定。
帯コメントやお祝いコメントとか短いものは省略。
これが足りないとか情報あれば教えてください。
古いものからテキスト化していって今後ブログで紹介していく感じになります。
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季刊エス 2003年夏 Vol.3 のインタビュー記事
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荒木飛呂彦 個展 in PARIS
『ジョジョの奇妙な冒険』で圧倒的人気を誇る荒木飛呂彦がパリで個展を開催した。
第六部ストーン・オーシャン編も完結したばかりで、さみしい思いをしていたファンには嬉しいニュースだ。
今回は情報誌初!の独占取材でフランスの個展情報を紹介しよう。
2003年4月10日~30日、GALERIE ODERMATT-VEDOVI(PARIS, FRANCE)にて開催。
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「Giorno in Spring ,2003」84×59cm、イラストボード、アクリル絵の具

今回の個展は荒木さんたっての希望で実現したという。
荒木さんは「僕は世界に一枚しか存在しない『絵』というものにひかれるんだよね」という。確かに、つねに独創的で魅力あるイラストを描き続けてきた作家である。今回はそんな『ジョジョ』作品をもって、フランスでの個展。彼のイラストは西洋絵画の伝統ある画廊の人にどう受け止められたのだろうか?
漫画というフィールドから新たなジャンルへ挑戦を挑む荒木さんと画廊のオーナー・ヴェドヴィ氏に話を伺った。
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――今回フランスで個展をされるにあたってきっかけはどんなことだったんですか? 作家さん主導で、というのは珍しいと思うのですが。
荒木 僕のマンガというのは十五歳くらいから二十代の人が読むものだと思うんだけど、ある時九歳の女の子が僕に対して「絵、じょうずね」っていってくれたんですよ。それがね、嬉しかったの。マンガを読んでもいないのに、僕の絵にだけ興味を持ってくれていたのね。それと年寄りの人もやりなさいよっていうわけよ。それで、「そうなの?」って感じてやろうと思って。でも日本人よりも海外の方はどういう風に見るんだろうなと思って、その後いろんな人と知り合ってフランスでの個展になったの。自分でも驚いてはいるんですけど、きっかけは小さな子供。
――なるほど。では、画廊のオーナーとしては個展の開催依頼があったときにどのように思われましたか? こちらの画廊はいつもはルノアールやシャガールなどを展示している老舗の画廊だと伺ったので、とても新しい挑戦だったのではないかと思うのですが。
ヴェドヴィ まず私は抽象絵画の画商として、今世界的に注目されているマンガやアニメに非常に興味があったんです。そして村上隆さんなどの絵を拝見して非常に憧れを持っていた。そして何か新しいことを始めたいという気持ちがあって、お話が来たときにすぐ繋がりが持てるような感じがあった。だからそれが運命の繋がりだったんだと思います。また、同時期にトーマス・アルノーの、この人は有名なアニメの抽象絵画の画家なのですが、その人の絵を私は非常に好んで見ていました。でも彼が成功しているのは、アニメのテクニック、アニメの原画のイラストを出していること、色遣いもアニメのものにしていることが原因だと思うのです。そうした彼の持ち味に非常に興味を持ったことが、やはり荒木さんの展覧会に繋がったんだと思います。
――それは、日本的なアニメやマンガをご覧になって、西洋絵画にはない特殊な感じを受けるということでしょうか?
ヴェドヴィ 今までのものの考え方でいけば、フランス人もマンガやアニメは子供の読むものと思っていたのです。ですが、村上隆さんにしても奈良美智さんにしても素晴らしい芸術を発表してらっしゃる。そのことがフランスやヨーロッパでも認められている。それはやはり芸術として認めたということで、それに私も共感するということです。だからマンガのイラストレーションも抽象絵画の一端に入るという風に私たちは思っています。それは私たちだけではなく、ヨーロッパ人の芸術感覚だと思います。もちろんフランスでも若い人たちはマンガを好みます。ですから『ジョジョ』がフランス語版で出ていますが、買っている読者は十代から二十歳くらいの子供たちかもしれない。でも彼らも芸術性がなかったら絶対好まないんです。芸術性があるからこそ子供達の夢の中でもそれが受け入れられたと思うので。
――ヴェドヴィさんは抽象画としてご覧になっているそうですが、お描きになっている立場としてはどう思われますか?
荒木 自分的には抽象絵画というよりも西洋の古典技法に影響を受けているので、例えばベラスケスとかゴーギャンの色の配置が大好きで研究してるところがあります。それをマンガに取り入れているところはある。だから抽象絵画という概念はないです。むしろ取り入れて融合しているフュージョンの感覚はあるかな。マンガ家はたくさんの役割を持っていて、脚本家やカメラマンや俳優などがあったりするけど、画家みたいなところもあるのかなって思う。僕はそういうところに力を入れているというか、そういうタイプの漫画家だと思うので。でも抽象絵画は好きで見てはいますけど、概念は僕にはあんまりない。むしろどちらかというと古典的な方に意識はいってるから、なんというか・・・・・・ネオベラスケス?
――なるほど(笑)。古典絵画がお好きで見ていらして、そこから色の法則などを追求なさっているとのことなんですが、そういうところはヴェドヴィさんもお感じになりますか?
ヴェドヴィ 彼の作品の色の使い方が非常に美しいということから、やはり印象派の絵を非常に見てらっしゃるなという感じはします。でも抽象絵画、いわゆるコンテンポラリーの絵画もジャンルとしてとても構図に動きがある、雰囲気がある、色も非常に多く遣う。そしてやはり彼の作品の中にも非常に動きを感じる。動きがあると同時に美しい色遣いがある。そこが何か夢を膨らますように私には感じます。
――確かにキャラクターのポーズなども凄く独特で、マンガのモノクロ原稿でも非常に面白い構図があるんですね。それは荒木さんの特徴の一つだと思うのですが、そういうところも同じように見てらっしゃるのでしょうか?
ヴェドヴィ 一つ一つの、一コマ一コマの絵のデッサンが非常によくできているというところに感動があります。
――日本では最近はデッサンを取れた上でいかに自分なりにデフォルメするかというのが問題なのですが、その大先輩が荒木さんみたいな方なんですけれども。これから日本でマンガとかアニメーション、そういうものに携わっている方たちに期待されることはありますか?
ヴェドヴィ 日本の終戦後というものは、マンガの社会、アニメの社会、そういった芸術面でもアメリカから非常に影響を受けてこられた。しかしこれからの社会では日本のアニメというものが世界に影響を与えていく。日本のアニメーション、マンガの社会というものが世界に知られているということはみなさんが感じてらっしゃるわけです。そのように認知しているでしょうから。だからこれからは若い人たちが非常に出やすい形で発達して行くんじゃないでしょうか。
――なるほど、面白いですね。国内で作品を描いてる立場ではそういうことはなかなか分からないですから。海外で日本のマンガやアニメが流行っているといわれてもピンとこないんです。他の人からどう見られているのか、特に海外からそういう風に見られているという事はとても面白いです。
ヴェドヴィ 我々はやはり今までの既成概念に囚われている。新しい若者たちが自由な立場でもって世界的に視野を広げながら、自由な社会で何かをするということが、アニメやマンガを描くということも含めて、新しい意見になってくるんじゃないでしょうか。
――ちなみに今回は荒木さんの展覧会ということで、個人的に荒木さんの絵のどこらへんが一番面白いと思われますか?
ヴェドヴィ まず美しいこと。美しさを追求するということがこの社会からだんだんなくなってきている。また、新しい、今までなかったようなエリアに踏み込んでいること。私が子供の時に見たマンガ、子供の時に見たアニメというものとは全然違った新しい社会を創造してらっしゃる。そういうこともわたしが興味を持っていることです。個人的なお話になりますが、私には六才の男の子がいてその子がもうすでにマンガという言葉を使っている。ということは日本の「マンガ」という言葉がフランス語化しているということなんです。それだけ日本のアニメ、マンガが浸透しているという風に理解しています。そもそもわたくしの息子は荒木さんの『ジョジョ』の大ファンなんです。
――そうなんですか? 読者は世界中にいるということですね。
ヴェドヴィ そういうことです。たくさんいるということですよ。
――じゃあフランス展だけでなく、また別の国や土地でも展覧会を開催するといいかも知れませんね。
ヴェドヴィ 私の両親はベルギーのブリュッセルにある老舗の画廊なのです。ですからたぶん次回はベルギーでも公開させていただくことになるかもしれません。そうしたいと私は思っております。
――もう次回の予定があるようですね(笑)。
荒木 ヴェドヴィさんからいわれると。プロポーズがあったら地の果てまで行ってもやりますよ(笑)。すごい喜んで。
――じゃあ、次回展覧会を楽しみにしていますということで(笑)。ちなみに、今後こういう風に絵を描いていきたいというような抱負みたいなものがありましたら。
荒木 僕はいつも「勇気」みたいなものをテーマに絵を描いてるんです。やっぱり読んでる人に元気を与えたいかなって。ネガティブな方向には走らない、そこだけ気をつけて行こうと思っています。
――九歳の少女や六歳の少年もファンですからね(笑)。今日はどうもありがとうございました。

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個展レポート
 漫画のイラストを抽象画として
 今回の個展が行われたのは、オーデルマット―ヴェドヴィ画廊。ここはクリスチャン・ラクロワなど高級ブランドのブティックが建ち並ぶフォーブル・サントノーレ通りに面し、フランスの大統領官邸・エリゼ宮のすぐそばにある老舗の画廊だ。インタビューでも出たように、普段はルノアールやシャガールなどを展示しているということで、今回のように漫画のイラストを抽象絵画として展示するのは大きな挑戦だったそうだ。
 もちろん、その背景には村上隆や奈良美智など日本の現代美術のアーティストたちが評価されていることがある。また、フランスのテレビで『ドラえもん』や『遊戯王』が放映されており、日本の漫画・アニメが浸透していることもあるのだろう(ちなみにこの二作品は、個展会期中朝の八時台に放映していた)。
 そんな中で、漫画・アニメの絵を「新しい抽象画」として位置づけたいというヴェドヴィさん。今回の個展に関してだけでなく、新たな時代の流れをこのように考えているそうだ。「新しい世代の代わり目だし、新しい抽象絵画の時代はマンガの社会じゃないかと思います。それに対してはわたしの目は狂っていないと思うのです」
 老舗でありながら新たな挑戦を忘れない。それは、漫画家でありながら絵画としてどう見えるのか?にチャレンジした荒木さんと響き合うスタイルではないだろうか。

ジョルノとジョリーン 描き下ろしの二作品
 画廊の正面に飾られたのが四八ページ(※↑)に掲載したジョルノの新作イラスト。このページ(※↓)に掲載したジョリーンの作品とは対になる、描き下ろしの二枚だ。八四×五九センチという大きなサイズで描かれたジョルノは画廊の玄関の美しさと相まって存在感充分。もちろん、道行く人が足を止めて見入るシーンもあり、年代も若い女性からスーツ姿の中年男性、おばあちゃんなどさまざま。ちなみにジョリーンのイラストは、ジョルノの作品の「真下」に展示。画廊の地下(非公開)に設けられたスペースに飾ってあり、一階の床に空いたガラスごしの小さなスペースから覗くという構成だ。これはガラスを鏡に見立ててた面白い構成で、荒木さんらしい遊び心のある演出。
 余談だが、ジョルノにそっくりと言われていたオーナーのヴェドヴィさん。荒木さんいわく「あんまり似てるから、それで気に入ってくれたのかな?」と冗談をいうシーンもあった。
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「Jolyne in Spring, 2003」84×59cm、イラストボード、アクリル絵の具
 
ファンもたくさん来場
 オープニング初日はたくさんのファンが来場し、会場は一時混雑状態に。ファンの多くは日本語版のコミックスを手にしてサインを求めていたが、中にはLDを持参している人も。四十枚近く飾られた原画をしげしげと眺めながら漫画について語る姿は日本とほどんど変わらない。中にはベルギーから来たという大学生もいて、ネットのファンサイトで出会い、グループで来たそうだ。
 また、漫画のファイルを持参して荒木さんにアドバイスを求めていた人も。荒木さんいわく「日本人は線で描くような人が多いけど、フランスの方は面で描くようなタイプが多くて違いがあるよね」など親身に相談にのる一幕もあった。他にも『ジョジョ』作品のゲームやアニメなどの質問が相次ぎ、一時はファンによるミニインタビューのような雰囲気に。
 そして、帰りには芳名帳に感想を記していたが、そこにはもちろんジョジョキャラが。フランス語版は第三部までしか発売されていないとのことなので、日本の読者には懐かしい承太郎などが描かれていた。
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manga オモ!001(2003年冬)号に掲載されたエッセイ
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『霊感』について
 自分で言うのもなんだけど、自作『ジョジョの奇妙な冒険』でこういうテーマを何年も描いてるだけあって、超能力だとか霊感だとかいったものは、実際のところ本当にあるのかどうか? 異常に興味がある。
 UFOだとか宇宙人はまったく信じない。(侵略して来るなり友好結ぶなり、やるならさっさとやりなよ、子供の時からずっと待っているのに・・・・・・。というのがその理由)
 だが、超能力だとか幽霊といったものはどう考えればいいのか? 自分的には霊感みたいなものはないのだが、出会ったような気がするっていうのが過去3回ある。その体験を分析してみるのもなんかちょっと人生にとって大切な事かもしれない。

(BATTLE1)
 10年くらい前、イギリスのエジンバラのホテルの部屋で女性の幽霊を見た。夜中目を覚ますと外人の女の人がベッドのまわりをうろついているので、「こりゃ幽霊だ」と思った。でも、取材とかでスゴく疲れてたので「面倒くさいなあ、眠いのに」と思ったとたん、部屋から出て行った。

(BATTLE2)
 アシスタントに言うと恐がると思ったから言わなかったんだけど、仕事場のキッチンに老人の幽霊が出た。といっても見たわけではなく、食器がカチャカチャいう音とか、誰もいないのに水道がビチャビチャ流れる音とかで、おもに深夜ひとりで仕事している時。
 老人だとわかったのはたまたま撮った写真に写っていたから。「リビング(仕事机のある場所)に入ってきたら、神主呼んでお祓いしてもらうぞ」と言ったら、数年間ずっと台所限定の幽霊になり、仕事場の方には律儀にも入ってこなかった。
 やっぱり気が変わって、神主呼んでお祓いしてもらったら、もう出なくなった。

(BATTLE3)
 これはヤバかった。温泉旅館に泊まってる時に、和服の女性が出た。これまた夜中、目を覚ますと30歳ぐらいの女性がぼくに背を向け、テーブルの上でポットからお茶をついでいる。
 最初、幽霊と思わず仲居さんだと思って、「何してるんですか?」と言ったとたん、ぼくの布団の上にそのままうしろ向きにジャンプしてのっかってきた。ここでやっと、幽霊なのかもと思った。恐くて金縛りになったと思う。顔は見えない。顔は見えないが、布団の上をずるずるとはい上ってくるのがわかる。手に急須を持ってるのが見えた。
「まさか、もしかして、お茶をぼくの顔にかけようとしているのか?」
 そう思ったとたん、急に怒りがわいてきた。
 ここで自分の性格がわかった。なめられるとキレるみたい。力のかぎり、掛け布団をつかむと、部屋中布団をふり回して暴れ回った。
 電気をつけると和服の女性は消えており、テーブルの下に急須が落ちて、冷たいお茶がこぼれていた。(昨晩残したお茶か?)

 人に話すと「夢だよ」とみんなが言う。「作ったな」とも言われる。自分でも、実際のところ幽霊だったのかどうかわからない。脳内に、ある化学物質が出ると幻覚を見るらしいとも言われるし。
 幽霊か幻覚かどっちにしてもこういう出来事に出会ったら「敬意」を払う態度をとるのが一番だと思った。ストレスだとか疲労のために見た幻覚だとしても「敬意」を払って謙虚にしてれば心は休まると思うからだ。
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読むジャンプ (2002年12月3日号 週刊少年ジャンプ特別編集増刊)の特別対談
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読むジャンプは乙一氏が『THE BOOK』以前に書いた没原稿『テュルプ博士の解剖学講義』の導入部分のみが載っています。

「僕にジョジョのノベライズをさせて下さい。大好きなんです!」そのひとことが、漫画界の巨星・荒木飛呂彦先生と小説界の若き俊英・乙一先生を出逢わせた・・・。
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荒 最初、「乙一」って「おといち」さんだと思ってました。
乙 「おといち」でもうばっちりです。「きのとはじめ」と読んだ人もいますから。
編 乙一さんは、子どもの時、少年ジャンプの発売を待ちこがれて買いに行ったほうですか?
乙 行ってました。福岡は火曜発売だから月曜発売のところが羨ましくてしかたなかったです。
編 やっぱり『ジョジョ』を・・・。
乙 読みます。
編 『ジョジョ』をそんなに気に入ったところって、どこですか?
乙 ほかの作品にない、何かがありましたね。
編 荒木先生は「ほかの作品と自分の作品はこう違うんだ」というものは・・・。
荒 ないですね。ただ、何かね、僕は人から誤解されることがすごく多いんです。例えば兄弟の中ではね、妹が悪いのに僕のほうが怒られたり、無実の罪というか、そういうのが子どものときから多いんです。あと、何か学校で事件があったとすると、容疑者が僕だったりとか、何か日ごろの言動のせいかもしれないんですけど・・・。漫画も「100%理解されてないのかな」というのがしょっちゅうあって。でも、もうなれてしまって、それでもいいかなという感じで、無理に合わせようとしないんですよね。例えば編集部とかもこうしろとかって言ってくるんですよ。だけど、できないときはちょっとこのまま行くかなみたいな。貫くと言えば格好いいかもしれないけど、何というか、気にしないことにしている。そうすると、自然とこういう感じになるのかなというのもあるんですけど。
乙 僕は編集の人からは、何も言われませんね。
荒 それはいいですね(笑)。でも、無実の罪とかあんまりないでしょう。
乙 いや、ありますよ。それがほんとうに苦痛になって、一本書きました。
荒 あるんだな、やっぱりみんな。
乙 僕はクラスで全然しゃべらないんですよ。それで、ずっと黙っていると、相手が勝手に僕のことを想像するわけです。僕がずっと黙って座っていると、何かこんな人間なんじゃないかとか、勝手に思われていて・・・。それに全然クラスメートとコンタクトはなかったので、普通に生活していると、いつの間にか、全然自分の知らない僕のイメージができ上がって、いろいろな誤解を・・・。
編 例えば根暗なんて言われてた・・・?
乙 根暗。それは正解ですけど(笑)。
荒 誤解じゃないんだ!
乙 研究室配属のいざこざがあって、ちょっと僕が不正をしたような、だめな人間のやることをやったようなふうに誤解されて。でも、あんまりクラスメートとかコンタクトはなかったので、それは誤解だというふうに弁解する相手もいなくて、まあ、しようがないかなと思いつつ、過ごしたりして・・・。多分、今でもそんなふうに思われているんじゃないでしょうか。
荒 でもね、無実の罪もずっとやっているとね、あるとき認められるときがあるんですよ。それを知ると、誤解されていても、何かちょっと時期を待とうかなとか、それを学んでくるんですよ。漫画家になったときに、ちょっとそれを学んだんですよ。学んだというか、そういうものなのかと思うんですよ。認められたのは、やっぱり漫画だったんですよ。少年のときはほんとうに誤解されることが多くて、だけど、何か自分の好きなことで少年ジャンプで賞とかに入ったら、これでいいのかなと思ったとき、それが始まりだったかもしれないですね。やっぱり自分を変えないほうがいいというか、変えなくても、やり続けていると、二年後とか三年後に、だれか理解してくれる人とかが出てきたりとかするんですよ。
編 乙一さんは、ジャンプ小説大賞で大賞をとられてから、何冊か話題の本を出されて、今では世の中に認められた存在ですが、どこか自分の中での変化を感じることはありますか?
乙 うーん、何か微妙です。
編 微妙。
乙 変わらずに、そういうコンプレックスを、恨みみたいなものを、ずっと持っていたほうが、書く原動力になるような気もするし、そうやって認められてよかったという気持ちもあるし・・・。
荒 でも、乙一さんはすごい若くして認められていますよね。最初の作品とかは、友達みんなが「これは面白いな!」とかっていう感じだったんですか。
乙 いいえ。僕の身の回りには、そう言ってくれる人はいなくて、いろいろな人にも黙っていて。
荒 でも、手ごたえみたいなものがあって、「これはいける」という感じじゃないんですか?
乙 賞をもらった時は、何かの間違いだと思いましたね。むしろ「やばい」って・・・。それに受賞した作品は、幼い子供が死体を隠しまわる話ですから、親にすごく心配されました。
荒 それはあるよな。うちのおばあちゃんは、僕が上京したときに、東京で殺人事件とかが起こるとニュースが全国に流れるじゃないですか。犯人は僕だと思って、いつも仏壇に「違いますように」と願ったらしいんですよ。「何で?」って思いますよね。日ごろ殺人の話とかをしているからなんでしょうかね(笑)。
荒 今回のノベライズは少年のキャラクターがいいですよね。これも何か少年の、ある意味、ハリー・ポッター的な成長話というのになっているんですよ、これも。少年がどんどん成長していく話になっていて、そこがもう最高にいいんですよ。これは。多分、読んでないですけども、さっきの兄弟が死体を隠すやつも、そういうふうになっているんじゃないかな。隠しながらも、少年が成長していくって。
乙 なってないですよ(笑)。
荒 そうですか(笑)。
乙 今回書いていて、本当に思ったことは、荒木先生は漫画に何か父性的な感じがするんですよ。
荒 そうなの?
乙 自分の小説の中には、母性的なイメージが自分で見ていてつきまとっていたんです。他社から出した小説とかで。ですから、今度は読者が僕の小説を読んでどう思っちゃうんだろう・・・、そんな気持ちをずっと抱いていました。僕はどう書けばいいんだろうという感じで。
荒 僕は「父性的」というイメージはわからないけれども、でも、自分なりに書いたほうがいいと思うんです。母性的なら母性的なほうに持っていったほうが。
乙 荒木先生が、だれでしたっけ、好きな映画監督で、よくジャンプの目次のページに・・・・・・。
荒 マイケル・マン!
乙 はい。あんな感じの、男対男という戦いがあって、ジョン・ウーの銃を突きつけ合う感覚みたいなのが、僕の考える『ジョジョ』の中にあって、女の子が入る余地のない感覚というのがあるんですけど、僕の書く小説は、何かちょっと女の子が主人公になるパターンが妙に自分で考えて多かったんですよ。こんな『ジョジョ』は女々しいと思われるんじゃないかとかと思って。今回の話も少年がいて、母親がいて、ちょっと女々しいことを考えていて、こんなものを読んで大丈夫かなとか・・・。
荒 それは全然大丈夫だと思いますけど。なるほど、そういうことか。
乙 はい。
編 今回、四部をノベライズしていただきましたが、乙一先生は何部がお好きですか?
乙 どれも好きですね。
荒 でも、乙一さんという名前を聞いて、四部というイメージはすぐパッと来て、ああ、なるほどと思ったんですよ。大体、話が来たときに、何かね、ちらとその人の好みというのがわかるときがあるんですよ、片鱗が。例えばゲームなんかでは、絶対、こいつ、使わないだろうなというキャラクターとかを出したいとかって言ってきたりするんですよ。そのときに、「あっ、この人はこういうことを考えているな」というのがわかるんですよ。
編 普通、ノベライズといったら、それなりのキャラクターというのはみんな出てくるんですよね。
荒 そうですね。
乙 今回は、仗助だけ。でも、もっといろいろな作家さんが四部のノベライズを書けば面白いんじゃないかとか思いましたよ。四部は可能性がすごく残されている感じがします。
荒 そうですね。でも、この作品は、もう殺人鬼の吉良吉影が死んだあとの・・・。時間的にそうですよね。
乙 そうです。そういえば、仗助はその後はどうなったんですか? 進路とか。
荒 だから、そこで世界は閉じてて永遠の時を刻んでいるから。だからこそ、乙一さんが書けるんですよ。どこかに出てきちゃだめなんです。康一君はそういう語り部なんで、出てきたりしますけれどもね。
編 先生は、スタンドをお書きになるときに、必ずロックバンドの名前を・・・・・・。
荒 今回は悩んでんだよね。
編 そんなにやっぱりロックばっかりお聴きになっているんですか。
荒 いや、そういうわけじゃなくて、何かね、統一したいんですよね。そうすると、マニアがね、知っている人も知らなくても、何かこうくすぐられるところがあるというか。
編 乙一さんは、ロックはあんまり聴かないんですか。
乙 あんまり聴かないです。でも、『ジョジョ』を読んで知っちゃったんですよ。レコード屋に行って、「あっ、ジョジョで出てきた人だ」とか思って。
荒 そうですね。スタンドの名前がわからない人は別にわからなくていいんですけど。でも、今回のスタンドの名前、乙一さんに頼まれているから、ちょっと悩んでいる、どうしようかなって。乙一さんの作品を、壊しちゃいけないなとも思うし・・・。
乙 名づけ親、よろしくお願いします。
荒 考えてみますけど・・・。
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MEN'S NON-NO 2002年7月号のインタビューより

"奇"と"美"を愛す。漫画界の若き巨匠
『魔少年ビーティー』『バオー来訪者』『ジョジョの奇妙な冒険』・・・・・・。独特の絵、スリリングなストーリー、奇妙かつエレガントな世界観を持った作品で知られる漫画家・荒木飛呂彦。圧倒的な支持を集める各作品の連載秘話からプライベートの話題まで、完全網羅のディープインタビュー!
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少年時代
 意外だっていわれるんですけど、少年野球をやってたんですよ。でもね、団体スポーツの不条理な部分が嫌で。「オレのほうがうまいのに、なんであいつがレギュラーなんだ」とか思ったり。わがままだったのかもしれないけど、居場所がないなと思ってましたね。自分を抑えてまでやる意味もわからなかった。それで中学から剣道を始めたんです。「もう野球みたいなチームスポーツは絶対やらんぞ」と心に決めて(笑)。そのころからですね、自分は集団に合わない性格なんだって気づきだして。ひとりで本を読んだり、絵を見たり、描いたりしてる時間の心地よさに目覚めた感じですね。ひとりでその世界に浸ってる状態が楽しかった。

双子の妹
 今にして思えば、ひとりの世界が好きっていうのは、家族関係も影響してると思うんです。僕には4つ年下の双子の妹がいるんですけど、彼女たちの存在は相当大きい。小さいころの話ですけど、例えばおふくろがおやつにケーキを3つ用意してくれていたとするじゃないですか。たいてい、僕より妹たちのほうが帰宅するのが早いから、先に食べてますよね。そうすると、「(お兄ちゃんの分も)食べちゃえばわかんないんじゃない?」とか思うんでしょうね。妹どうし、結託して僕の分も食べちゃうんですよ。僕だって、くれって言われれば別にあげるんだけど(笑)、なんかこう、知らないところでよくだまされてたっていうのかなぁ。ケンカしたりしても、僕は悪くないのに、2人いっぺんに泣かれたりすると、こっちが悪い気になってきちゃう。もうね、常に無実の罪を着せられてるような気持ち。だから家に帰るのがだんだん好きじゃなくなってきちゃった。妹どうしの絆の強さを目にしてたから、妙な疎外感を感じちゃってて。精神的なひとりっ子ですね(笑)。そういうわけでよけいにひとりで何かを楽しむことが好きになったんだと思う。別に今はふつうの仲ですよ、妹たちとは(笑)。

熱中していた漫画・小説
 当時は『巨人の星』とか梶原一騎の漫画にはまってましたね。もう人生まで教えてもらったと思ってます。もう少し経つと『あしたのジョー』とかにはまってました。もちろん手塚先生の漫画も大好きだったんですけど、毎週発売日に走ったのは、梶原先生の漫画だったな。中学に入って剣道を始めたのも、今思えば梶原漫画の影響だったと思います。漫画以外だと、江戸川乱歩シリーズとか、シャーロック・ホームズシリーズはよく読みましたね。そのころはすでに漫画のようなものを描きだしてたのかな。でも不思議と、人気キャラクターを模写してたって記憶はないんですよね。最初から、こう自分の世界で描いてたというか。

高校時代
 高校時代(※)って、だんだん自分の進路とか将来がリアルに感じられてくるじゃないですか? 僕の性格上、どこかに勤めるという生き方はできないなって思ってましたね。ちょうどこのころ、漫画の力というものをね、考えたりしたことがあって。読む人にページをめくらせる力、次の展開を待ち遠しいと思わせる力、発売日と同時に走って買いにいかせてしまう力・・・・・・。やっぱり漫画の力はすごいあるなと思って。このころからですね、漫画家になりたいって強く思うようになったのは。
 漫画では、横山光輝先生のサスペンスものにもはまってましたね。梶原先生の熱くて「のし上がっていくぜ」的な漫画とは全然違うんですけどね。こう、もっと動機とか駆け引き、事件性をドライに追っていくという感じ。その一方で、学生服を着た少年が古代遺跡で活躍したりするような、心地よい違和感もあった。こういう漫画もあるんだなって新鮮でしたね。
ほかに印象的だったのは『蠅の王』という小説。これも考えさせられた。『十五少年漂流記』とモチーフは似てるんですよ、少年たちが無人島に流れ着いて、っていう。だけど『蠅の王』では、子どもたちの間で派閥争いが起こったり、しまいには殺し合いみたいなことになってしまうんです。僕には、断然『蠅の王』のほうがリアルだったな。
 初めて投稿した作品がジャンプの選外佳作に選ばれたのもこのころでした。ページの下の角のほうに小さく名前が載ったりして。それはすごいうれしかったなぁ。今までの人生でいちばんうれしかった出来事かもしれませんね。
※高校時代はロードレース部に所属。得意科目は理数系、苦手なのは英語だったとのこと。

専門学校時代
 何回目かに投稿した作品で、画力が不足って批評されて。じゃぁ、絵がうまくならなくちゃいけないと思って、高校卒業後、地元の仙台のデザイン専門学校に通うことにしたんです。
 当時、仲のいい友達のなかに、やたらと僕の作品を誉めてくれるやつがいたんですよ。今思えば、たいした漫画じゃなかったと思うんだけど、「おお、いいなぁ、すげーなぁ。また読ませてくれよ」っていつも言ってくれてて。ほら、人間のせられると気分もいいし、やる気がでるじゃないですか(笑)。その言葉にはだいぶ励まされたし、助けられましたね。
 そうこうしながら投稿を続けてるうちに、ふと東京の編集部まで直接持っていこうと思い立って。そのとき見てくれた編集の人には、ホントいろいろ言われましたね。「ここはダメだ。ここにはこういうエピソードを入れて」とか。絵の矛盾や歪みも全部指摘されて。当時はまだ作品の最初と最後で、キャラクターの絵が違ってきちゃうようなこともありましたから(笑)。でもそうやって直しを入れた作品のほうが全然よくなってるんですよ。それは自分でも実感できるほど。アドバイスを受けて直しを入れたこの作品が、僕の初めての入選作になりました。

『魔少年ビーティー』
 僕の連載デビュー作ですね。まだ仙台で描いているころです。この作品は当時、編集部で猛反発を受けたんですよ。いじめの描写もでてくるし、主人公もちょっとダークな側面を持ってましたからね。タイトルからして”魔少年”だし(笑)。清く、正しく、美しくじゃないけど、当時の風潮とは完全に逆を行く作品だったから、あやうくボツになるところだったんです。それを当時の編集の人が編集長を説得して救ってくれたという。何年か経ったあとに当時の編集長が「こういう時代になるとは思わなかったなぁ」と言ってたというのは聞きました。
 『魔少年ビーティー』は、小さいころに読んだシャーロック・ホームズの裏返しという意味合いも強かったですね。ビーティーがホームズで、友人の公一がワトソン。公一の語りで話が進行していくとか、ビーティーのセリフすべてにいちいち意味があるというのも影響のひとつですね。あとは白土三平先生の『カムイ伝』『サスケ』かな。どちらも僕の好きな作品です。トリックの種明かしにページを割くっていう構成でも影響を受けてる。絵もそういうところあるかな。ビーティーがどこかカムイに似てるような(笑)。

『バオー来訪者』
 『魔少年ビーティー』でトリックやテクニックを使ったいわば知的な作品をやったので、なんとなく次は肉体がテーマかなと思っていたんです。スタローンやシュワルツェネッガーが人気の時代だったし。それともうひとつ、世界的に遺伝子操作が騒がれだした時代だったんですよね。『バオー来訪者』は、そうした流れのなかで生まれた作品です。遺伝子操作で作り上げられた究極の生命体の話ですね。人間の本質とか、本当に強い人っていうのはどんな人なんだろうということもテーマにありました。自分の絵をいちばん模索してたのもこのころですね。

『ジョジョの奇妙な冒険』①
 究極の生命体という、いわば“バオー”を発展させた考えの先にあったのが吸血鬼。不老不死というのもぴったりだし、相手の血を吸う、生命を取り込んで生きているというのも、究極の生命体にはまってた。吸血鬼ってダンディーなイメージもあるでしょう。それもよかったんです。
 それでいよいよ、担当の編集の人に「次は吸血鬼を敵にした作品にします」ってことを伝えたんですよ。そしたら、彼がまたそういうダークな世界が好きな人で。僕がその話をしたときに、妙に目が輝いてた(笑)。専門学校時代の友達じゃないけど、うまくのせてくれる人が近くにいるとね、僕はどうしてだか、そっちに行っちゃうんですね。

『ジョジョの奇妙な冒険』②
 “ジョジョ”は、壮大な大河ドラマにしたいと思ってたんです。吸血鬼の存在が噂されたのが1880年代だから、第一部はその時代から始まるということを決めて。その後、子ども、孫と現在まで続いていくような話にしたいと。ほかに決めてたのは、主人公の愛称をみんなジョジョにしようってことぐらいですね。波紋やスタンドも当初のアイデアにはなかったんです。

ルール
 吸血鬼って夜にしか活動できない、十字架に弱いという、規制というか、ルールがありますよね。ルールがあるからこそ、漫画は面白くなる。話はちょっと違うかもしれないんですけど、僕は、自分で自分に課したルールに従って生きている人間やキャラクターにすごく惹かれてしまうんです。自分のルールに従うことで、たとえ立場が不利になったり、窮地に追い込まれたとしても、それを最後まで貫く。そこがたまらなくかっこいい。承太郎がどんなときでも帽子を脱がないというのも、ルールです(笑)。

いちばん好きなキャラクター
 そのとき描いているキャラクターがいちばん好きですけどね。強いていうなら、第4部の仗助かな。1999年の設定だったんですけど、彼は学ラン姿に気合いの入ったリーゼントスタイル(笑)。「そんなやついね~よ」って話なんですけど、貫いてるでしょ? だからかっこいい。それに彼は自分が父親や先祖から受け継いだものをしっかりと自覚している。仗助はジョセフの浮気相手の子どもなんだけどそこに悲壮感はまったくないし、ハッピーに生きてるってところもいい。何より心に熱いものを持っているからね、だからすごくかっこいいんですよ。

女性キャラクター
 以前『コージャス☆アイリン』を描いたときにですね、女性を描くことに限界を感じてしまってたんですよ。例えば主人公の女の子が敵を殴る、殴られるというシーンがあるじゃないですか。それがもうすでに不自然というか。僕にはあまりリアルじゃなかったんですね。まだまだ女は女らしくという時代だったし、アイドルだってかわいければいいという感じでしたから。だからね、逆にいつかは女性の主人公をもう一度描きたいって思ってたんです。ほら、今って殴られてすぐさま殴り返す女性を描いたとしても、とってもリアルじゃないですか(笑)。女性が強いということがリアルな時代。第6部のジョジョが女性っていうのは、そういう時代性もありますね。
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過去の作品に対する思い
 僕にとって過去の作品は日記みたいなもの。記録なんです。ほかの作家の方はどうかわからないけど、どの作品でも「あれは失敗したなぁ」とか「自分の歴史のなかで、なかったことにしたい」なんて気持ちはまったく起きないんですよね。例えば前のページでは右足をケガしてるのに、後ろのほうでは左足になってたなんてことがあっても(笑)、それはそれでいいと思っちゃう。コミックとして出版されるときには、やっぱり書き直してほしいって言われるんですけどね。それでも僕は、「できればそのままにしておきたいなぁ」と。直したくないんですよね。汚点もまたよし。それも含めて僕の記録だと思ってますから。

イタリア
 食べ物も街並みも全部好き。イタリアは本当に好きですね。興味ないのはサッカーぐらい。ファッションも好きなんですよ。とくに80年代のベルサーチ(※)とかね。「こんな服ありかよ」ってぐらいパワフルだったでしょ。巨大な金の鎖がシャツ全体に描かれてたりとかね、初めて見たときは相当ショックを受けました。もちろん“ジョジョ”のファッションのルーツもこのヘんにあります。踊ってるような、ねじれてるようなポージングも影響受けてるなぁ。奇抜でエレガントな衣装に妙なポーズ(笑)。全然ありですよね。
 ほかにイタリアというと、怪奇庭園もいいですね。変わったもの好きの貴族が、お金と権力にまかせ集めちゃいました、みたいな美術館とかも好き。やっぱり奇妙なものに惹かれるなあ(笑)。でも自分自身はモノに固執しないんですよ。コレクターじゃない。持ってる本も完全に資料ばかりですし。そういえば、車の免許も持ってないし、携帯も持ってない。パソコンもやらないしな。でもなぜかボートの免許は持ってたりするという(笑)。変わってるねとよく言われます。
※イタリアを代表するファッションブランドのひとつ。斬新かつ絢爛な色彩や柄も有名。創立デザイナーのジャンニ・ベルサーチは97年に亡くなった。「すごいショックでしたね。彼の新作がもう見られないのかと思うと悲しい」と荒木氏。ちなみに荒木氏は80年代のモスキーノなどからも影響を受けたと告白。現代のデザイナーのなかではジョン・ガリアーノ(現クリスチャン・ディオールデザイナー)がお気に入りとか。納得。

もし漫画家になっていなかったら
 イタリアンレストラン(※)のウエイターとかがいいですね。なんかこう、テキパキ仕切っていく感じの。常にサービスすることを考えていたい。お客の好みを覚えてたりするような、気のきいたウエイターがいいな。
※オフの日など、イタリアンレストランに行くのが楽しみという荒木氏。「以前、イタリアに行ったときなんだけど、ナスを揚げたものにチョコレートをかけて食べるって料理が出てきたんですよ。最初は誰でも『えぇ!』って思うじゃないですか? でも食べるとすごくおいしい。自分にとってなじみのない組み合わせがおいしかったりしたらもう最高ですね。『新発見!』という感じ(笑)」

漫画とは
 僕にとって漫画とは。う~ん、描いてるときの気持ちそのものですね。だから、例えば過去に誰もが認める最高傑作を描いたとして、その作品を超えられないと悩むとか、スランプに陥るってことはない。常に今描いているものがいちばんいいと思ってるし。それに最高傑作といっても、見方によっていろいろ違うものじゃないですか。人によってはアンケートの人気かもしれないし、売り上げかもしれない。自己満足できたかどうかという見方だってある。もちろん読む人それぞれで最高傑作は変わるものだし。
 だからこそ僕は、毎回一生懸命描くってことだけを意識してます。現在進行系の気持ちをぶつけてる感覚ですね。

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閑静な住宅街に佇む荒木氏のアトリエにて。
「道具へのこだわりは特別ないですね。気にしてるとすれば、10年経って、描いたものが薄れてしまうようなインクとか、すぐボロボロになっちゃうような紙は使わないってことぐらい」
と荒木氏。職業柄、徹夜仕事が多いのではと問うと、
「仕事で徹夜はしませんね」
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