ジョジョの奇妙な研究所

ジョジョの奇妙な冒険について色々と研究しています。
コミックスとジャンプ掲載時の違いや、ジャンプにしかないネタなどがメインになります。 所長:TOK

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COSMO POLITAN 2003年7月号 のインタビュー記事
僕にとってマンガは日記みたいなもの。次回作も今の作品の先にしかありません
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僕のマンガを読んだことのない年配の方と、9歳の女の子から絵をほめられたことが、パリで個展を開く自信になった
『週刊少年ジャンプ』の数あるマンガの中で、'87年の連載開始以来、16年にわたって読者の圧倒的な支持を受け続けている作品がある。独特のタッチをもった美しい絵と、奇妙なまでに精緻な世界観に裏づけられた、スリリングなストーリーをもったその作品が『ジョジョの奇妙な冒険」。コミックスは通算で79巻を超え、最新のシリーズPart6『ストーンオーシャン』も、先月、無事終幕を迎えたばかりだが、その作者が彼、荒木飛呂彦だ。
「もちろん、連載開始当初は、こんなに長く続くとは思ってもいませんでした。でも『エデンの東』とか『ゴッドファーザー』みたいなアメリカ小説の伝統、というか、話ごとに主人公が変わっても、じつはストーリー全体は何世代にもわたって続いていくような物語を書きたい、ともずっと考えていたんです」
19世紀のイギリスに端を発する、誇り高き紳士ジョナサン・ジョースターと、古代遺跡から発掘された石仮面の力で吸血鬼となったディオ・ブランドーとの善と悪の闘いが、その後も延々、シリーズを重ねるごとに世代と国を超えて続いていく……一度読んだらやめられない、超ド級の冒険大河ドラマ、である。
「僕が小学生のころは、『少年ジャンプ』が創刊されたり、『巨人の星』『あしたのジョー』が大人気で、すごくハマったんです。自分の生き方までマンガに教えてもらったような気がしましたね。ジャンプはお守りというかバイブルでした。どんなに荷物が重くなっても、学校のキャンプには必ず持参。手もとにあるだけで安心するんです。もちろん、ホームシックになると取り出して読んでいたし。マンガには、すごく救われた気がしています」
そんな読者としてのマンガとのつき合いが、次第に、自分の思いをマンガで表現したいという気持ちに変わっていったのは高校時代。
「テレビの『刑事コロンボ』が大好きで、あれは犯人を最初に見せちゃうじゃないですか。見ていると、犯人に感情移入している自分がいるんですよ。コロンボが『ちょっと待ってください』と言うとイヤーな気持ちになったりして(笑)。そんなふだんの価値観と違うものを見せられたりすると、本当にみんなが言っていることは正しいのか、とか物事をすごく多面的に考えるようになりましたね。次第に人と違う考えが浮かぶと、それを何かで表現したいと思うようになったんです」
さまざまな表現手段がある中、彼が選んだのは、やはり「マンガ」だった。
「マンガって、いろいろな魅力があるんです。絵はうまいけど、ストーリーが書けない人でも、絵がすごくへ夕な人でも、マンガ家になっている人はいる。文章だけでも、映像だけでもない魅力がある。それに、学校の勉強ではほめられたことがないのに、授業中に描いたマンガとかでは、友達とかから、絵、うまいいね、とほめられたのも大きかったかな」
この4月に、パリで初めての個展を開いたのも、彼のマンガを読んだことのないかなり年配の人と、9歳の女の子から「いい絵だね」とほめられたことがきっかけだったという。
「フランス人が日本のマンガをアートとして興味をもったのにも驚いたけど、素直に評価してくれたのは自信になりましたね。僕にとってマンガは日記みたいなもの。昨日完結したからといって、まったく違う世界観は描けない。完結した作品の延長線上、連続していく先の部分にしか、興味がないんですよね」
『ジョジョ』の世界は、まだまだ続く!
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季刊エス 2003年夏 Vol.3 のインタビュー記事
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荒木飛呂彦 個展 in PARIS
『ジョジョの奇妙な冒険』で圧倒的人気を誇る荒木飛呂彦がパリで個展を開催した。
第六部ストーン・オーシャン編も完結したばかりで、さみしい思いをしていたファンには嬉しいニュースだ。
今回は情報誌初!の独占取材でフランスの個展情報を紹介しよう。
2003年4月10日~30日、GALERIE ODERMATT-VEDOVI(PARIS, FRANCE)にて開催。
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「Giorno in Spring ,2003」84×59cm、イラストボード、アクリル絵の具

今回の個展は荒木さんたっての希望で実現したという。
荒木さんは「僕は世界に一枚しか存在しない『絵』というものにひかれるんだよね」という。確かに、つねに独創的で魅力あるイラストを描き続けてきた作家である。今回はそんな『ジョジョ』作品をもって、フランスでの個展。彼のイラストは西洋絵画の伝統ある画廊の人にどう受け止められたのだろうか?
漫画というフィールドから新たなジャンルへ挑戦を挑む荒木さんと画廊のオーナー・ヴェドヴィ氏に話を伺った。
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――今回フランスで個展をされるにあたってきっかけはどんなことだったんですか? 作家さん主導で、というのは珍しいと思うのですが。
荒木 僕のマンガというのは十五歳くらいから二十代の人が読むものだと思うんだけど、ある時九歳の女の子が僕に対して「絵、じょうずね」っていってくれたんですよ。それがね、嬉しかったの。マンガを読んでもいないのに、僕の絵にだけ興味を持ってくれていたのね。それと年寄りの人もやりなさいよっていうわけよ。それで、「そうなの?」って感じてやろうと思って。でも日本人よりも海外の方はどういう風に見るんだろうなと思って、その後いろんな人と知り合ってフランスでの個展になったの。自分でも驚いてはいるんですけど、きっかけは小さな子供。
――なるほど。では、画廊のオーナーとしては個展の開催依頼があったときにどのように思われましたか? こちらの画廊はいつもはルノアールやシャガールなどを展示している老舗の画廊だと伺ったので、とても新しい挑戦だったのではないかと思うのですが。
ヴェドヴィ まず私は抽象絵画の画商として、今世界的に注目されているマンガやアニメに非常に興味があったんです。そして村上隆さんなどの絵を拝見して非常に憧れを持っていた。そして何か新しいことを始めたいという気持ちがあって、お話が来たときにすぐ繋がりが持てるような感じがあった。だからそれが運命の繋がりだったんだと思います。また、同時期にトーマス・アルノーの、この人は有名なアニメの抽象絵画の画家なのですが、その人の絵を私は非常に好んで見ていました。でも彼が成功しているのは、アニメのテクニック、アニメの原画のイラストを出していること、色遣いもアニメのものにしていることが原因だと思うのです。そうした彼の持ち味に非常に興味を持ったことが、やはり荒木さんの展覧会に繋がったんだと思います。
――それは、日本的なアニメやマンガをご覧になって、西洋絵画にはない特殊な感じを受けるということでしょうか?
ヴェドヴィ 今までのものの考え方でいけば、フランス人もマンガやアニメは子供の読むものと思っていたのです。ですが、村上隆さんにしても奈良美智さんにしても素晴らしい芸術を発表してらっしゃる。そのことがフランスやヨーロッパでも認められている。それはやはり芸術として認めたということで、それに私も共感するということです。だからマンガのイラストレーションも抽象絵画の一端に入るという風に私たちは思っています。それは私たちだけではなく、ヨーロッパ人の芸術感覚だと思います。もちろんフランスでも若い人たちはマンガを好みます。ですから『ジョジョ』がフランス語版で出ていますが、買っている読者は十代から二十歳くらいの子供たちかもしれない。でも彼らも芸術性がなかったら絶対好まないんです。芸術性があるからこそ子供達の夢の中でもそれが受け入れられたと思うので。
――ヴェドヴィさんは抽象画としてご覧になっているそうですが、お描きになっている立場としてはどう思われますか?
荒木 自分的には抽象絵画というよりも西洋の古典技法に影響を受けているので、例えばベラスケスとかゴーギャンの色の配置が大好きで研究してるところがあります。それをマンガに取り入れているところはある。だから抽象絵画という概念はないです。むしろ取り入れて融合しているフュージョンの感覚はあるかな。マンガ家はたくさんの役割を持っていて、脚本家やカメラマンや俳優などがあったりするけど、画家みたいなところもあるのかなって思う。僕はそういうところに力を入れているというか、そういうタイプの漫画家だと思うので。でも抽象絵画は好きで見てはいますけど、概念は僕にはあんまりない。むしろどちらかというと古典的な方に意識はいってるから、なんというか・・・・・・ネオベラスケス?
――なるほど(笑)。古典絵画がお好きで見ていらして、そこから色の法則などを追求なさっているとのことなんですが、そういうところはヴェドヴィさんもお感じになりますか?
ヴェドヴィ 彼の作品の色の使い方が非常に美しいということから、やはり印象派の絵を非常に見てらっしゃるなという感じはします。でも抽象絵画、いわゆるコンテンポラリーの絵画もジャンルとしてとても構図に動きがある、雰囲気がある、色も非常に多く遣う。そしてやはり彼の作品の中にも非常に動きを感じる。動きがあると同時に美しい色遣いがある。そこが何か夢を膨らますように私には感じます。
――確かにキャラクターのポーズなども凄く独特で、マンガのモノクロ原稿でも非常に面白い構図があるんですね。それは荒木さんの特徴の一つだと思うのですが、そういうところも同じように見てらっしゃるのでしょうか?
ヴェドヴィ 一つ一つの、一コマ一コマの絵のデッサンが非常によくできているというところに感動があります。
――日本では最近はデッサンを取れた上でいかに自分なりにデフォルメするかというのが問題なのですが、その大先輩が荒木さんみたいな方なんですけれども。これから日本でマンガとかアニメーション、そういうものに携わっている方たちに期待されることはありますか?
ヴェドヴィ 日本の終戦後というものは、マンガの社会、アニメの社会、そういった芸術面でもアメリカから非常に影響を受けてこられた。しかしこれからの社会では日本のアニメというものが世界に影響を与えていく。日本のアニメーション、マンガの社会というものが世界に知られているということはみなさんが感じてらっしゃるわけです。そのように認知しているでしょうから。だからこれからは若い人たちが非常に出やすい形で発達して行くんじゃないでしょうか。
――なるほど、面白いですね。国内で作品を描いてる立場ではそういうことはなかなか分からないですから。海外で日本のマンガやアニメが流行っているといわれてもピンとこないんです。他の人からどう見られているのか、特に海外からそういう風に見られているという事はとても面白いです。
ヴェドヴィ 我々はやはり今までの既成概念に囚われている。新しい若者たちが自由な立場でもって世界的に視野を広げながら、自由な社会で何かをするということが、アニメやマンガを描くということも含めて、新しい意見になってくるんじゃないでしょうか。
――ちなみに今回は荒木さんの展覧会ということで、個人的に荒木さんの絵のどこらへんが一番面白いと思われますか?
ヴェドヴィ まず美しいこと。美しさを追求するということがこの社会からだんだんなくなってきている。また、新しい、今までなかったようなエリアに踏み込んでいること。私が子供の時に見たマンガ、子供の時に見たアニメというものとは全然違った新しい社会を創造してらっしゃる。そういうこともわたしが興味を持っていることです。個人的なお話になりますが、私には六才の男の子がいてその子がもうすでにマンガという言葉を使っている。ということは日本の「マンガ」という言葉がフランス語化しているということなんです。それだけ日本のアニメ、マンガが浸透しているという風に理解しています。そもそもわたくしの息子は荒木さんの『ジョジョ』の大ファンなんです。
――そうなんですか? 読者は世界中にいるということですね。
ヴェドヴィ そういうことです。たくさんいるということですよ。
――じゃあフランス展だけでなく、また別の国や土地でも展覧会を開催するといいかも知れませんね。
ヴェドヴィ 私の両親はベルギーのブリュッセルにある老舗の画廊なのです。ですからたぶん次回はベルギーでも公開させていただくことになるかもしれません。そうしたいと私は思っております。
――もう次回の予定があるようですね(笑)。
荒木 ヴェドヴィさんからいわれると。プロポーズがあったら地の果てまで行ってもやりますよ(笑)。すごい喜んで。
――じゃあ、次回展覧会を楽しみにしていますということで(笑)。ちなみに、今後こういう風に絵を描いていきたいというような抱負みたいなものがありましたら。
荒木 僕はいつも「勇気」みたいなものをテーマに絵を描いてるんです。やっぱり読んでる人に元気を与えたいかなって。ネガティブな方向には走らない、そこだけ気をつけて行こうと思っています。
――九歳の少女や六歳の少年もファンですからね(笑)。今日はどうもありがとうございました。

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個展レポート
 漫画のイラストを抽象画として
 今回の個展が行われたのは、オーデルマット―ヴェドヴィ画廊。ここはクリスチャン・ラクロワなど高級ブランドのブティックが建ち並ぶフォーブル・サントノーレ通りに面し、フランスの大統領官邸・エリゼ宮のすぐそばにある老舗の画廊だ。インタビューでも出たように、普段はルノアールやシャガールなどを展示しているということで、今回のように漫画のイラストを抽象絵画として展示するのは大きな挑戦だったそうだ。
 もちろん、その背景には村上隆や奈良美智など日本の現代美術のアーティストたちが評価されていることがある。また、フランスのテレビで『ドラえもん』や『遊戯王』が放映されており、日本の漫画・アニメが浸透していることもあるのだろう(ちなみにこの二作品は、個展会期中朝の八時台に放映していた)。
 そんな中で、漫画・アニメの絵を「新しい抽象画」として位置づけたいというヴェドヴィさん。今回の個展に関してだけでなく、新たな時代の流れをこのように考えているそうだ。「新しい世代の代わり目だし、新しい抽象絵画の時代はマンガの社会じゃないかと思います。それに対してはわたしの目は狂っていないと思うのです」
 老舗でありながら新たな挑戦を忘れない。それは、漫画家でありながら絵画としてどう見えるのか?にチャレンジした荒木さんと響き合うスタイルではないだろうか。

ジョルノとジョリーン 描き下ろしの二作品
 画廊の正面に飾られたのが四八ページ(※↑)に掲載したジョルノの新作イラスト。このページ(※↓)に掲載したジョリーンの作品とは対になる、描き下ろしの二枚だ。八四×五九センチという大きなサイズで描かれたジョルノは画廊の玄関の美しさと相まって存在感充分。もちろん、道行く人が足を止めて見入るシーンもあり、年代も若い女性からスーツ姿の中年男性、おばあちゃんなどさまざま。ちなみにジョリーンのイラストは、ジョルノの作品の「真下」に展示。画廊の地下(非公開)に設けられたスペースに飾ってあり、一階の床に空いたガラスごしの小さなスペースから覗くという構成だ。これはガラスを鏡に見立ててた面白い構成で、荒木さんらしい遊び心のある演出。
 余談だが、ジョルノにそっくりと言われていたオーナーのヴェドヴィさん。荒木さんいわく「あんまり似てるから、それで気に入ってくれたのかな?」と冗談をいうシーンもあった。
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「Jolyne in Spring, 2003」84×59cm、イラストボード、アクリル絵の具
 
ファンもたくさん来場
 オープニング初日はたくさんのファンが来場し、会場は一時混雑状態に。ファンの多くは日本語版のコミックスを手にしてサインを求めていたが、中にはLDを持参している人も。四十枚近く飾られた原画をしげしげと眺めながら漫画について語る姿は日本とほどんど変わらない。中にはベルギーから来たという大学生もいて、ネットのファンサイトで出会い、グループで来たそうだ。
 また、漫画のファイルを持参して荒木さんにアドバイスを求めていた人も。荒木さんいわく「日本人は線で描くような人が多いけど、フランスの方は面で描くようなタイプが多くて違いがあるよね」など親身に相談にのる一幕もあった。他にも『ジョジョ』作品のゲームやアニメなどの質問が相次ぎ、一時はファンによるミニインタビューのような雰囲気に。
 そして、帰りには芳名帳に感想を記していたが、そこにはもちろんジョジョキャラが。フランス語版は第三部までしか発売されていないとのことなので、日本の読者には懐かしい承太郎などが描かれていた。
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MEN'S NON-NO 2002年7月号のインタビューより

"奇"と"美"を愛す。漫画界の若き巨匠
『魔少年ビーティー』『バオー来訪者』『ジョジョの奇妙な冒険』・・・・・・。独特の絵、スリリングなストーリー、奇妙かつエレガントな世界観を持った作品で知られる漫画家・荒木飛呂彦。圧倒的な支持を集める各作品の連載秘話からプライベートの話題まで、完全網羅のディープインタビュー!
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少年時代
 意外だっていわれるんですけど、少年野球をやってたんですよ。でもね、団体スポーツの不条理な部分が嫌で。「オレのほうがうまいのに、なんであいつがレギュラーなんだ」とか思ったり。わがままだったのかもしれないけど、居場所がないなと思ってましたね。自分を抑えてまでやる意味もわからなかった。それで中学から剣道を始めたんです。「もう野球みたいなチームスポーツは絶対やらんぞ」と心に決めて(笑)。そのころからですね、自分は集団に合わない性格なんだって気づきだして。ひとりで本を読んだり、絵を見たり、描いたりしてる時間の心地よさに目覚めた感じですね。ひとりでその世界に浸ってる状態が楽しかった。

双子の妹
 今にして思えば、ひとりの世界が好きっていうのは、家族関係も影響してると思うんです。僕には4つ年下の双子の妹がいるんですけど、彼女たちの存在は相当大きい。小さいころの話ですけど、例えばおふくろがおやつにケーキを3つ用意してくれていたとするじゃないですか。たいてい、僕より妹たちのほうが帰宅するのが早いから、先に食べてますよね。そうすると、「(お兄ちゃんの分も)食べちゃえばわかんないんじゃない?」とか思うんでしょうね。妹どうし、結託して僕の分も食べちゃうんですよ。僕だって、くれって言われれば別にあげるんだけど(笑)、なんかこう、知らないところでよくだまされてたっていうのかなぁ。ケンカしたりしても、僕は悪くないのに、2人いっぺんに泣かれたりすると、こっちが悪い気になってきちゃう。もうね、常に無実の罪を着せられてるような気持ち。だから家に帰るのがだんだん好きじゃなくなってきちゃった。妹どうしの絆の強さを目にしてたから、妙な疎外感を感じちゃってて。精神的なひとりっ子ですね(笑)。そういうわけでよけいにひとりで何かを楽しむことが好きになったんだと思う。別に今はふつうの仲ですよ、妹たちとは(笑)。

熱中していた漫画・小説
 当時は『巨人の星』とか梶原一騎の漫画にはまってましたね。もう人生まで教えてもらったと思ってます。もう少し経つと『あしたのジョー』とかにはまってました。もちろん手塚先生の漫画も大好きだったんですけど、毎週発売日に走ったのは、梶原先生の漫画だったな。中学に入って剣道を始めたのも、今思えば梶原漫画の影響だったと思います。漫画以外だと、江戸川乱歩シリーズとか、シャーロック・ホームズシリーズはよく読みましたね。そのころはすでに漫画のようなものを描きだしてたのかな。でも不思議と、人気キャラクターを模写してたって記憶はないんですよね。最初から、こう自分の世界で描いてたというか。

高校時代
 高校時代(※)って、だんだん自分の進路とか将来がリアルに感じられてくるじゃないですか? 僕の性格上、どこかに勤めるという生き方はできないなって思ってましたね。ちょうどこのころ、漫画の力というものをね、考えたりしたことがあって。読む人にページをめくらせる力、次の展開を待ち遠しいと思わせる力、発売日と同時に走って買いにいかせてしまう力・・・・・・。やっぱり漫画の力はすごいあるなと思って。このころからですね、漫画家になりたいって強く思うようになったのは。
 漫画では、横山光輝先生のサスペンスものにもはまってましたね。梶原先生の熱くて「のし上がっていくぜ」的な漫画とは全然違うんですけどね。こう、もっと動機とか駆け引き、事件性をドライに追っていくという感じ。その一方で、学生服を着た少年が古代遺跡で活躍したりするような、心地よい違和感もあった。こういう漫画もあるんだなって新鮮でしたね。
ほかに印象的だったのは『蠅の王』という小説。これも考えさせられた。『十五少年漂流記』とモチーフは似てるんですよ、少年たちが無人島に流れ着いて、っていう。だけど『蠅の王』では、子どもたちの間で派閥争いが起こったり、しまいには殺し合いみたいなことになってしまうんです。僕には、断然『蠅の王』のほうがリアルだったな。
 初めて投稿した作品がジャンプの選外佳作に選ばれたのもこのころでした。ページの下の角のほうに小さく名前が載ったりして。それはすごいうれしかったなぁ。今までの人生でいちばんうれしかった出来事かもしれませんね。
※高校時代はロードレース部に所属。得意科目は理数系、苦手なのは英語だったとのこと。

専門学校時代
 何回目かに投稿した作品で、画力が不足って批評されて。じゃぁ、絵がうまくならなくちゃいけないと思って、高校卒業後、地元の仙台のデザイン専門学校に通うことにしたんです。
 当時、仲のいい友達のなかに、やたらと僕の作品を誉めてくれるやつがいたんですよ。今思えば、たいした漫画じゃなかったと思うんだけど、「おお、いいなぁ、すげーなぁ。また読ませてくれよ」っていつも言ってくれてて。ほら、人間のせられると気分もいいし、やる気がでるじゃないですか(笑)。その言葉にはだいぶ励まされたし、助けられましたね。
 そうこうしながら投稿を続けてるうちに、ふと東京の編集部まで直接持っていこうと思い立って。そのとき見てくれた編集の人には、ホントいろいろ言われましたね。「ここはダメだ。ここにはこういうエピソードを入れて」とか。絵の矛盾や歪みも全部指摘されて。当時はまだ作品の最初と最後で、キャラクターの絵が違ってきちゃうようなこともありましたから(笑)。でもそうやって直しを入れた作品のほうが全然よくなってるんですよ。それは自分でも実感できるほど。アドバイスを受けて直しを入れたこの作品が、僕の初めての入選作になりました。

『魔少年ビーティー』
 僕の連載デビュー作ですね。まだ仙台で描いているころです。この作品は当時、編集部で猛反発を受けたんですよ。いじめの描写もでてくるし、主人公もちょっとダークな側面を持ってましたからね。タイトルからして”魔少年”だし(笑)。清く、正しく、美しくじゃないけど、当時の風潮とは完全に逆を行く作品だったから、あやうくボツになるところだったんです。それを当時の編集の人が編集長を説得して救ってくれたという。何年か経ったあとに当時の編集長が「こういう時代になるとは思わなかったなぁ」と言ってたというのは聞きました。
 『魔少年ビーティー』は、小さいころに読んだシャーロック・ホームズの裏返しという意味合いも強かったですね。ビーティーがホームズで、友人の公一がワトソン。公一の語りで話が進行していくとか、ビーティーのセリフすべてにいちいち意味があるというのも影響のひとつですね。あとは白土三平先生の『カムイ伝』『サスケ』かな。どちらも僕の好きな作品です。トリックの種明かしにページを割くっていう構成でも影響を受けてる。絵もそういうところあるかな。ビーティーがどこかカムイに似てるような(笑)。

『バオー来訪者』
 『魔少年ビーティー』でトリックやテクニックを使ったいわば知的な作品をやったので、なんとなく次は肉体がテーマかなと思っていたんです。スタローンやシュワルツェネッガーが人気の時代だったし。それともうひとつ、世界的に遺伝子操作が騒がれだした時代だったんですよね。『バオー来訪者』は、そうした流れのなかで生まれた作品です。遺伝子操作で作り上げられた究極の生命体の話ですね。人間の本質とか、本当に強い人っていうのはどんな人なんだろうということもテーマにありました。自分の絵をいちばん模索してたのもこのころですね。

『ジョジョの奇妙な冒険』①
 究極の生命体という、いわば“バオー”を発展させた考えの先にあったのが吸血鬼。不老不死というのもぴったりだし、相手の血を吸う、生命を取り込んで生きているというのも、究極の生命体にはまってた。吸血鬼ってダンディーなイメージもあるでしょう。それもよかったんです。
 それでいよいよ、担当の編集の人に「次は吸血鬼を敵にした作品にします」ってことを伝えたんですよ。そしたら、彼がまたそういうダークな世界が好きな人で。僕がその話をしたときに、妙に目が輝いてた(笑)。専門学校時代の友達じゃないけど、うまくのせてくれる人が近くにいるとね、僕はどうしてだか、そっちに行っちゃうんですね。

『ジョジョの奇妙な冒険』②
 “ジョジョ”は、壮大な大河ドラマにしたいと思ってたんです。吸血鬼の存在が噂されたのが1880年代だから、第一部はその時代から始まるということを決めて。その後、子ども、孫と現在まで続いていくような話にしたいと。ほかに決めてたのは、主人公の愛称をみんなジョジョにしようってことぐらいですね。波紋やスタンドも当初のアイデアにはなかったんです。

ルール
 吸血鬼って夜にしか活動できない、十字架に弱いという、規制というか、ルールがありますよね。ルールがあるからこそ、漫画は面白くなる。話はちょっと違うかもしれないんですけど、僕は、自分で自分に課したルールに従って生きている人間やキャラクターにすごく惹かれてしまうんです。自分のルールに従うことで、たとえ立場が不利になったり、窮地に追い込まれたとしても、それを最後まで貫く。そこがたまらなくかっこいい。承太郎がどんなときでも帽子を脱がないというのも、ルールです(笑)。

いちばん好きなキャラクター
 そのとき描いているキャラクターがいちばん好きですけどね。強いていうなら、第4部の仗助かな。1999年の設定だったんですけど、彼は学ラン姿に気合いの入ったリーゼントスタイル(笑)。「そんなやついね~よ」って話なんですけど、貫いてるでしょ? だからかっこいい。それに彼は自分が父親や先祖から受け継いだものをしっかりと自覚している。仗助はジョセフの浮気相手の子どもなんだけどそこに悲壮感はまったくないし、ハッピーに生きてるってところもいい。何より心に熱いものを持っているからね、だからすごくかっこいいんですよ。

女性キャラクター
 以前『コージャス☆アイリン』を描いたときにですね、女性を描くことに限界を感じてしまってたんですよ。例えば主人公の女の子が敵を殴る、殴られるというシーンがあるじゃないですか。それがもうすでに不自然というか。僕にはあまりリアルじゃなかったんですね。まだまだ女は女らしくという時代だったし、アイドルだってかわいければいいという感じでしたから。だからね、逆にいつかは女性の主人公をもう一度描きたいって思ってたんです。ほら、今って殴られてすぐさま殴り返す女性を描いたとしても、とってもリアルじゃないですか(笑)。女性が強いということがリアルな時代。第6部のジョジョが女性っていうのは、そういう時代性もありますね。
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過去の作品に対する思い
 僕にとって過去の作品は日記みたいなもの。記録なんです。ほかの作家の方はどうかわからないけど、どの作品でも「あれは失敗したなぁ」とか「自分の歴史のなかで、なかったことにしたい」なんて気持ちはまったく起きないんですよね。例えば前のページでは右足をケガしてるのに、後ろのほうでは左足になってたなんてことがあっても(笑)、それはそれでいいと思っちゃう。コミックとして出版されるときには、やっぱり書き直してほしいって言われるんですけどね。それでも僕は、「できればそのままにしておきたいなぁ」と。直したくないんですよね。汚点もまたよし。それも含めて僕の記録だと思ってますから。

イタリア
 食べ物も街並みも全部好き。イタリアは本当に好きですね。興味ないのはサッカーぐらい。ファッションも好きなんですよ。とくに80年代のベルサーチ(※)とかね。「こんな服ありかよ」ってぐらいパワフルだったでしょ。巨大な金の鎖がシャツ全体に描かれてたりとかね、初めて見たときは相当ショックを受けました。もちろん“ジョジョ”のファッションのルーツもこのヘんにあります。踊ってるような、ねじれてるようなポージングも影響受けてるなぁ。奇抜でエレガントな衣装に妙なポーズ(笑)。全然ありですよね。
 ほかにイタリアというと、怪奇庭園もいいですね。変わったもの好きの貴族が、お金と権力にまかせ集めちゃいました、みたいな美術館とかも好き。やっぱり奇妙なものに惹かれるなあ(笑)。でも自分自身はモノに固執しないんですよ。コレクターじゃない。持ってる本も完全に資料ばかりですし。そういえば、車の免許も持ってないし、携帯も持ってない。パソコンもやらないしな。でもなぜかボートの免許は持ってたりするという(笑)。変わってるねとよく言われます。
※イタリアを代表するファッションブランドのひとつ。斬新かつ絢爛な色彩や柄も有名。創立デザイナーのジャンニ・ベルサーチは97年に亡くなった。「すごいショックでしたね。彼の新作がもう見られないのかと思うと悲しい」と荒木氏。ちなみに荒木氏は80年代のモスキーノなどからも影響を受けたと告白。現代のデザイナーのなかではジョン・ガリアーノ(現クリスチャン・ディオールデザイナー)がお気に入りとか。納得。

もし漫画家になっていなかったら
 イタリアンレストラン(※)のウエイターとかがいいですね。なんかこう、テキパキ仕切っていく感じの。常にサービスすることを考えていたい。お客の好みを覚えてたりするような、気のきいたウエイターがいいな。
※オフの日など、イタリアンレストランに行くのが楽しみという荒木氏。「以前、イタリアに行ったときなんだけど、ナスを揚げたものにチョコレートをかけて食べるって料理が出てきたんですよ。最初は誰でも『えぇ!』って思うじゃないですか? でも食べるとすごくおいしい。自分にとってなじみのない組み合わせがおいしかったりしたらもう最高ですね。『新発見!』という感じ(笑)」

漫画とは
 僕にとって漫画とは。う~ん、描いてるときの気持ちそのものですね。だから、例えば過去に誰もが認める最高傑作を描いたとして、その作品を超えられないと悩むとか、スランプに陥るってことはない。常に今描いているものがいちばんいいと思ってるし。それに最高傑作といっても、見方によっていろいろ違うものじゃないですか。人によってはアンケートの人気かもしれないし、売り上げかもしれない。自己満足できたかどうかという見方だってある。もちろん読む人それぞれで最高傑作は変わるものだし。
 だからこそ僕は、毎回一生懸命描くってことだけを意識してます。現在進行系の気持ちをぶつけてる感覚ですね。

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閑静な住宅街に佇む荒木氏のアトリエにて。
「道具へのこだわりは特別ないですね。気にしてるとすれば、10年経って、描いたものが薄れてしまうようなインクとか、すぐボロボロになっちゃうような紙は使わないってことぐらい」
と荒木氏。職業柄、徹夜仕事が多いのではと問うと、
「仕事で徹夜はしませんね」
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2002年3月に発売されたSJR(集英社ジャンプリミックス)ジョジョ part3 vol11. DIOの世界編②より
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──『スターダスト・クルセイダース』連載時のことを思い出し、荒木飛呂彦が語る!これまでに語ったことのないことも・・・ファンは必見のインタビュースタートッ!!
 
エジプトを目指す旅にしたのはどうして?
 当時の担当が、エジプトにものすごく詳しかったんですよ。エジプトの古文書とか遺跡とかの文字も読めるくらい。「これはいい!」と。それと、やっぱりエジプトって神秘的な感じがしたからですね。最終目的地はエジプトというのを先に決めて、それからルートを決めていきました。『スターダスト・クルセイダース』の後に、『電波少年』で猿岩石が旅したルートも大体同じでしたね。だから、間違ってはいなかったのかな?取材でエジプトやアジアの国なんかにも行ったけど、あまり好きじゃあないんです(笑)。マンガにも描きましたけど、エジプト人は見るからに怪しいし。ホントにスタンド使いみたいでした(笑)。
 う~ん、好きな国はやっぱりイタリアなんですよ。イタリアにさえ行ければ、他の国にはもう金輪際、行けなくてもいいくらいです。イタリアは、やっぱり美術館にいけるのがいいんです。印刷物とは違って、有名な絵画の実物がある!これは何度でも足を運ぶ価値がありますね。他の人が、演劇とかに行くのと同じ感覚だと思います。でも演劇は、そのときどきに違ったりするけど、美術館はもう、絵画の究極の姿があるわけだから、何度でも行きたくなります。ダ・ヴィンチとか、ロダンとかが好きですね。
 よく自分の絵柄は独特だといわれるんですけど、自分からすると基本に忠実な絵だと思っています。ルネッサンスが絵画のオリジナルですから、僕はそれに忠実に描いているだけです。自分からすると、他のマンガ家さんのほうが異端だなぁと思いますね。
 
どうして承太郎を学ランにしようと思ったのか?
 何度も行ってますけど、やはり『バビル2世』のイメージが強い。学生服で砂漠に立っているというインパクト。今考えても、『バビル2世』のあのコマはすごい。もしあの絵をリトグラフとかで売ってるんだったら、ぜひとも部屋に飾りたいですね。日常と非日常が同時に存在している、というところがいいんですよ。
 承太郎のは、普通の学生服だとつまらないんで、いろいろアクセサリーを付けたりしてみました。ホントはあんな学生服ありませんけどね。僕も中学高校は学ランでした。でも、承太郎みたいなあんな長ランは着てません(笑)。
 
ジョセフはどうして連続登場した?
 ジョセフは第2部『戦闘潮流』との橋渡し役なんですよ。毎回、部が変わるごとに、橋渡し役と出すようにしています。『戦闘潮流』の頭にはスピードワゴン、そしてジョセフ、承太郎、康一・・・というようにね。それに、ジョースター家は短命で、一生涯一人の女性しか愛さないと言われてるけど、ジョセフだけは例外だという設定にもしたかったんですよ。性格的にもジョースター家の中では異端ですしね。
 
アブドゥルはいったいどんな役割?
 アブドゥルは参謀役ですね。本当は、一番年のいったジョセフがそんな役回りをやるんだろうけど、ジョセフの性格じゃあできないだろうと思ったから登場させました。スタンドという新しい概念も登場させたので、スタンドの事について詳しい解説役でもあります。
 
花京院の死の直前に生い立ちが明らかになったのは?
 花京院には戦う動機というのを、ちゃんと考えてあげたかった。花京院が仲間になってからずっと、それは考えていたんですよ。承太郎、ジョセフはホリィを助けるためだし、ポルナレフは妹の件があったりする。でも花京院には何もなかったから、その理由をつけてやりたかった。命を賭けてまで戦う理由を・・・死ぬ間際にそれを描く事が出来てよかったです。このことは、第5部『黄金の風』の仲間たちも同じなんですよ。ブチャラティやナランチャたちの戦う理由をちゃんとつけてあげたかった。だから、それぞれ過去の話、どうしてギャングになったのかをちゃんと考えたんです。
 
ポルナレフは『黄金の風』に登場すると思っていた?
 まずポルナレフは、承太郎と対称的なキャラクターにしたかったんですよ。承太郎はクールでどっしり構えていて、あまり走らせたりもしないと決めていたので、走りまくる、直情的なキャラクターが欲しかった。静と動ですね。ポルナレフは、かなり描いてて楽しかったし、動かしやすかったですね。だから結果的に、かなり活躍してます。あと、髪形もよかった。他の仲間たちがぺしゃんこな頭ばかりだったので、コマの中にポルナレフがいるとメリハリも効いて絵になるんですよ。『スターダスト・クルセイダース』が終って、第4部『ダイヤモンドは砕けない』になってから、ポルナレフはどうしているのという読者からのはがきがとても多かったんです。だから『黄金の風』ではポルナレフが『スターダスト・クルセイダース』の後、どうしているかも描く意味で登場させました。承太郎と同じように、彼も戦っていたんだよ、というのを描いてあげたかった。
 
犬をどうしてスタンド使いに?
 僕は、弱そうなヤツが実は強いというのが好きなんですね、基本的に。ちっちゃくてブサイクな犬が強いというのは面白いんじゃないか?と思って、イギーを登場させました。助っ人として現れて、人間だったら普通じゃないですか。それが犬だったら面白いな、とも思いましたね。『ダイヤモンドは砕けない』では、さらにそこにこだわりました。本体は弱そうでも、スタンドは強い。ドブネズミのスタンドとか、重ちーとかもそうですね。
 
ホル・ホースを仲間にする気はあった?
 ホル・ホースは、仲間にしようかと思ったりもしました。でも、仲間になるヤツばっかりだと面白くないなと思い直して・・・仲間になりそうでならないヤツがいてもいいんじゃないかと。ホル・ホースの性格を考えると、仲間にはならないですよ。けっこういいかげんな性格で、あっちへふらふらこっちへふらふら。コウモリみたいなヤツ。でも、ホル・ホースはもっと登場させたかったですね。ポルナレフと同じくらい、動かしやすいキャラだったし、描いてて面白かった。あと何回か、登場させてあげたかったですね。
 
DIOはいったいどんな存在?
 『ファントムブラッド』の頃から、3部構成で・・・ということは考えていて「3部の最後はDIOを倒すんだろう」とは漠然と思っていたんですよ。『警察署長』というTVドラマにもなった小説があって、代々警察署長の家系の話なんですよ。それでも、最初におきた事件を子孫が解決したりしている。それをやりたかったんです。善のジョースター家に対して、シリーズ全て通して悪の存在がDIO。圧倒的な悪。『スターダスト・クルセイダース』でDIOは倒されましたけど、その後の物語でも、DIOの悪の精神は残っていて・・・ジョースター家は代々、その邪悪な精神と戦っているんです。『ストーン・オーシャン』でも、DIOは出てきませんが、DIOが残した邪悪な精神と徐倫は戦っています。DIOを描く時は、いつも気合が入りましたね。DIOが出てくると、雰囲気もなんか変わるんですよね。マンガの中の空気がこう、張りつめるというか・・・。生き物本来の弱肉強食の世界からすると、DIOのやってることは正しいことなんです。人間が生き延びていきやすくするために作った 、社会の常識ということからは外れてますけどね。弱肉強食の世界から考えると、DIOは普通の行動をしている。DIOを描く時は、自分もDIOの気持ちになってます。・・・こんなこというと、反社会的だっていわれるかもしれないけど、ある意味DIOは自分の憧れの存在です(笑)。
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季刊Comickers 2001年秋号のインタビュー記事より
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―今回はテーマが「快感」なんですが、「ジョジョの奇妙な冒険」というと謎解きや敵を倒す時の爽快感があって、そこには物語も描写も含めて面白い!という快感があると思うんです。お描きになってる立場として意識してらっしゃいますか?
やっぱりね、善とか悪ってあいまいじゃないですか。ある視点から見れば、悪も良い人かも知れないし。それは青年誌にいくとあいまいなんだけど、少年誌だとハッキリ分けないとダメなんですよ。例えば殺人鬼にも、生い立ちとか生活があったりして、その人を知れば知るほど味方したくなってきたりする。そうすると可哀想な人に思えてくるんですけど、そこを少年誌で描いちゃダメなんです。その人が敵じゃなくなってくるから。キャラは「主人公と比べたら完全に悪い人だ」っていう確実な線引きがあるから快感になるんじゃないかと思うんですよね。
―でも作品中にはそういう生い立ち的な部分も多く描かれてませんか?
だから、そういう部分を描くと快感みたいなものはなくなるかなと思うんですけど、大人の味わいとして「哀しいな」みたいなのは出てくると思うんです。でも最初はとにかく悪いヤツだっていう風に決めつけて描いていかないとダメなんですよ。で、戦いが終わってから味方にしたりとか、バックボーンを描いたり、いろいろしますけど。
―そういう意味では少年誌で悪役の人生を描くと、物語のスピードが止まっちゃうところがある、と。
そうでしょうね。大人のマンガと子供のマンガの区別っていうのは多分そこだと思うんですけど。善と悪がわかりやすいというか。
―子供にはこう、善と悪がハッキリして、たたみかけるようなのが。
でも、「あんまりいつまでも子供でいちゃいけないよ」とか思うんですけど。単純なもんじゃないよ、あとあとの人生は、と(笑)。
―それから画面描写!特に肉体の破壊される描写がすごくて、快感に繋がっていると思うんですよ。
あれはただ、グロく見せようとかそういうものじゃなく、肉体を破壊するってことを絵の楽しさとして描いてるんですよ。例えば、大友克洋先生の破壊って、コップがパズルのように壊れるじゃないですか。部品がハッキリと描かれてますよね。それを人間の体で描くのが面白いんですよ。古い人ですけど、レオナルド・ダ・ヴィンチは人間を描きたいために、「体の中はどうなっているんだろう」って解剖して筋肉のつき方まで見たっていいますけど、そういう気持ちなんじゃないかなと思うんですよね。
―なるほど・・・・・・。でもたまに、重力に反した曲がり方も描きますよね・・・・・・。
(笑)。そこがまた面白いんですけど。
―逆にわざとそういのを描くことが面白い?
そうですね。そういうところ快感かも知れない。絵を描かない人は、大変なんじゃないかとか、一体何時間かかるんだろうなとか考えるんでしょうけど、描いてる人はそういうことをあんまり恐れなくてもいいと思うんです。やってると楽しいですから。実は絵を描いてるところでそういうパズル的な面白さがあって、その辺は気持ちいいという感じがありますけど。
―確かにマンガ全体で感じるんですが、キャラが写実的に立ってるというより、変な格好でこう・・・・・・(と「ジョジョ」ポーズを取る)。
それもね、イタリア美術の影響がすごくあると思うんだよね。彫刻とかを見るのが好きなんですけど、ねじってたりするんですよ。妙なドラマチックなポーズっていうのかな?あれなんですね。こうね、腕の片方が上がるともう片方がグッと入るとか(と体をねじる)、一つのキマリ、流れがあるんですよ。なんか見てると分かるんですけど、そういうのが面白いんだよ。ねじるとさらに面白くなってくるというか。
―きちんと立つものじゃなく、ねじったりする方に魅力を感じるという。
普通じゃないっていうんですかね。普通に描いてたら普通の絵だけど、絵ってちょっと変な感じを取り入れるともっと面白くなると思うんですよ。ちょっと気持ち悪いとかね。まるっきり美しいよりちょっとケガしてるとか。
―純粋な造形美よりも、そこになんらかのドラマ性だとか、別な何かがある方がいいという感じですか?
そうでしょうね。写真とかでも完全な美人よりちょっとニキビがある方が面白いと思うんですよね。どうしちゃったんだろう?みたいな(笑)。だから、ちょっと変なものがやっぱ面白いと思うんですよ。その辺はまだ子供には分からないところもあるかも知れないんで、ツライとこではある(笑)。でも、中学とか高校になってきたら分かるんじゃないかな、って思うし。今のうちから教育しておけば(笑)。
―それから、コマ割りについてお聞きしたいんですけど、あの・・・・・・昔より変型ゴマ増えてますよね?ナナメに切ったりしてて、自在に操れるようになってるというか。
そうですか?まっすぐのコマもあると思うんですけど(笑)。ナナメになってたりするのはね、指が切れたりするからなんですよ。まっすぐにしてると小指が入んなかったりするので、コマの方を動かしてる、というか。
―じゃあ、重要な絵のためにコマの形を変えるという?
そうですね。あと、フキダシが入んないから、フキダシを作るためにずらすっていう(笑)。
―でもそれだけじゃないような気が・・・・・・。たまに丸いのとかありますよね。
ありますね。あれはほとんど表情ですね。目の動きとか。ただそれだけですね。
―それはご自分でパターンみたいなものがあるんですか?
そうですね。ちょっと欲しいと思うんですよ。主人公が何を考えてるかわかんないなと思ったときとか、ネームの後で足りないなと思ったときとか。で、丸いからどこにでも入るんですよ、アレ。
―ああ、逆に四角いコマ入れると一コマ割り直すことになっちゃうからですか。じゃあ、変形ゴマを使った見開きで迷宮的な空間を創ろう、ということではないんですね。
そういうのはないですね。構図のためですね、あくまでも。あとやっぱりアクションの時はナナメになっちゃいますね。意識は全くしてないです。でもあんまり重要じゃないと思うんですけど。
―でもあれは一ページ単位でバランスを考えてやってるのではないんですか?
一ページ単位というか全体で見たりはしますけど、ちょっと暗くしてから明るくとか。黒っぽいコマにしてからちょっと明るい広めの構図取ったりとか、そういうのは前後見てかないと分かんないので。
―だから読者としては結構ビックリするコマ割り・ページ割りが多いんですよ。それはどこをポイントにして描いてるのかなと。
つまり、「ここは」っていう見せたいコマが絶対あるんですよ。ストーリーはそれに付属してるじゃないですか。だからだと思うんですよ。最初にネームの段階でそのコマがあって、説明的な人物のセリフなんかは次の重要度だから小さくして、というか。だから、絵で見てる人はここだけ見ればだいたいの話は分かる、細かいところはそこのセリフを読んでくれ、と。
―じゃあ、パッと見てもストーリーが分かるという構造になってる、と。
そうですね。絵を描いてる仕事なんだから絵を見て面白くなきゃマンガじゃないと思うんですね。ネームも重要ですけど、絵に魅力がないと。基本は絵描きじゃないですかね。作家とか、映画監督とかよりも自分的には重要だと思うんですけど。
―では、キャラクター造形でいうとどんなところを一番重視してます?
まず動機ですね。何で闘ってるのか、何で銀行強盗するのか、とか。そういうところをきちっと決めてくというのが大切だと思うんですよ。だから、ロボットマンガ描きたいな、と思ったら、何でロボットに乗ってるのかが一番。いきなり乗ってて闘うのは、なんだかわけわかんないですから。
―なるほど。背景が読めないと物語に信憑性がなくなりますからね。
そう。だから、そこが一番大切じゃないかと思うんですよ。で、動機が決まるとね、いろんなものが決まってくるんですよ。関連して決まってくる。こういう性格で、ちょっと勝ち気で、でも虫には弱くて、弱点はこうだとかね。どんどん面白くなってくるんですよ。だから、動機が基本で、徐倫とか、ジョルノとか仗助とかジョセフもそうだったんじゃないですかね。そうしていくと、その動機は親だったり、先祖からの因縁だったりするんですよ(笑)。「ジョジョ」の場合はそういうところですね。あと社会の圧力だったりとか、そういうのが多いじゃないですか。それに対して自分はどういう風に思ってるのか、という風に決定されていくと思うんです。
―確かに「ジョジョ」では闘う動機とか性格などを血として受け継いでいってますよね。
そうですね。やっぱり、因縁というのはあるんじゃないかと。あとね、マンガを描いてると哲学的な境地にまで考えが及んだりすることがあるんです。そもそも主人公は何でここにいるんだろうな、と思うわけ。描いてると、どうしてこの人は生まれてきたのかなという所まで考えちゃうんですよね。そうすると人間って何でいるんだろうなというところまでいくんですよ(笑)。神様っているのかなとか、何で人間は地球にいっぱいいるのかな、みたいなさ。そういうとこまでつい考えてしまうんですよね。描けば描くほどそういう風になってくるんですよ。で、動機にに戻りますけど、マンガ描く人はまず動機を決めるべきだと思うんですね。そうするといろんなものがとにかく不思議にできてくると思うんですよね。拡がってくるというか。あと、人とちょっと違ったものにしようという意識が必要というか。なんか見たことあるヤツだな、っていうのはちょっとやめたり。
―じゃあ、キャラデザインも生き方や動機の設定という部分とリンクさせた方がいいんですか?
そうそう。それも一致するというのが基本ですよ。で、動機というのはやっぱりね、その作家のものの考え方、一人一人の見てきたもの、経験なんじゃないかと思うんですよね。
―なるほど。それから、すごく巧妙な物語のトリックについてお聞きしたいんですが。
それはまず、何を描くかを一個決めて、それに合わせていくっていう感じです。先週からの続きっていうのもありますけど。例えば、岸辺露伴だったらマンガのためならクモでも喰う、みたいなことを決めて、その週は彼がどういうヤツかっていうのだけ描く。だから、二個も三個もあるのは絶対ダメです。二個も三個もある時は次の回にまわして、一つだけでいいんですよね。
―その一つを展開させるためにエピソードを作るという感じで?
ええ。クモまで喰うのは面白いなと思ったら、その前から何か変なヤツだなって風に展開させていって、「あ、やっぱり変なヤツだったよ」っていう流れにするんです。で、「こいつが敵かよ?ちょっとやばいんじゃないの?」って思わせたりとか。主人公としてもどうしていいかわかんなくて、「どうやって闘うんだよ?」って思うじゃないですか。
―確かに!そういうのはすごくスリリングで怖いですよね。
あと、物語の進行の基本がサスペンスにあるっていうのかな。そこが人と違うのかなといつも思ってるんですけど。ナゾとかが基本というか。サスペンス映画が好きだから、始まって何分後にナゾが出てきたとか、人が死んだとか、そういう風な起承転結やテクニックをすごい勉強しましたね。とにかく起承転結が好きなんですよ。やっぱ四コママンガ的な基本というか。食事とかも前菜、スープ、メイン、デザートみたいなのが好きなんで(笑)。
―最後に、少年誌っていうのは人が初めて見る物語の媒体の一つだと思うんですけど、それに関して意識してることはあります?
いや、それはほとんどないですね。でも、例えば子供を殴っちゃいけないとか、最近ちょっと規制が増えたので、逆に描きづらいかも知れないですね。でも、少年誌という意識は自分では全然してないです。だってそれを意識してたら、外人を主人公にしちゃダメだよとか、主人公殺しちゃダメだよとか(笑)、さんざん言われてきたことをやってるわけで。でもそういうのは打ち破っていかないと。意識してたら逆にダメかも知れない。「やるな」っていうことをやるのは人間好きだから(笑)。でも、タバコを吸うシーンとかは描かないようにしてますね。直接クスリやったりするシーンとか。
―そういう状況があっても、シーンとしては描かない、と。
そう。暴力シーンやエッチなシーンとかはあんまり意識してないと思いますけど。
―そうすると今までわりと自由に描いてきた、っていう感じですか?
それはそうですね。描き直しも何回かはありましたけど。でもやっぱりマンガ家になる人はそういうことをちょっと考えてからやらないと。表現としてはどうなのかな、と思うことはありますから、自分で基準みたいの決めた方がいいと思いますよね。
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インタビュー以外に、ラフ画やプロット、ネーム、下書きの見える原稿と、とても貴重なブツが荒木先生の作画テクと共に紹介されています。

イラストラフスケッチ
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つねに時代のムードを反映させている「ジョジョ」の世界、荒木さんとしては、映画やテレビ、小説などで今流行ってるということは、もう古いということだから描かないようにしているとか。「仗助とか承太郎にピアス入れるとき勇気いったよね。あの時代は一般的じゃなかったから、マンガの主人公がやっていいのか?って思って」。また、最近は入れ墨やタトゥーの模様、グラフィティなどに関心があり、写真集を見ているという。「グラフィティはストリート技術というんですかね。描いてみるとなかなか描けないんですよ。アシスタントにやらせても何か違うんだよね。抽象画っぽいというか、このかっこよさ、悪そうな感じが出なくて。環境が出てくんのかもしれないですね」
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少年誌には珍しくピンクや水色などカラフルな色を使う荒木さん。色味に関しては、聞いてみたところゴーギャンの影響があるとか。「ゴーギャンって、浜辺をピンク色に塗ってバカにされたっていう画家なんですよ。でも、そこがいいなと思うんです。その水色とピンクの対比というか。色の組み合わせにはパワーがあると信じてます。この色とこの色が並んだときに出すパワーとか。力のある組み合わせがあると思うんですよ。地味なヤツもいいですけど。色は古典的なところから学んでたりしてますね」。ちなみにキャラ造形についてはこんな逸話が。「誕生日や血液型、好きな映画を決めるのはプロフィール考えるときの基本で、やらないとダメだと思うんですよ。あと、前は相性占いまで調べてたんですけど、当たってないな、と思ってやめたんです(笑)。動物占いが流行ったらそれもかな、と考えてたんですけどね(笑)」
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これがカラー原稿用のラフ案。左二つは扉ベージの試案で、右は隣のイラストのラフ。ラフ案に関しては机の周りに置かれた『イタリアン・ヴォーグ』などの海外ファッション誌を見ながら、流線で構図のアタリを取っていくという荒木さん。なんと男性を描くときも女性のファッション写真を参考にしているという。「男性の写真って普通に立ってるのが多いから、面白くないんです。例えばスティーブン・マイゼルの写真とかって、体のどの部分なんだコレ?みたいなのあって面白いと思うんですよね。それに印象に残るのはこっちの方じゃないですか」。扉のラフに関しては、このままだとお尻が入らないからずらし、肩や首の角度も直したそうだ。また、注意して描いてる部分は「肩のボリューム、ウエストライン、あと膝下が長い人が好きだね。膝下長いっていうのはカッコイイ条件だから厚底サンダル履く気持ちが分かる(笑)」とのこと。

プロット 
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これが「Act.85 思い出」のプロットで、左側にキャラ名、右側に状況説明とセリフが書かれている。特に荒木さん独特の擬音が大きく描かれていることに注目。青の線ひと区切りで1ページ分の目安だとか。「1回19ページなので、4枚目半ばあたりから入れ込みすぎてちょっと今週やはばいなっていう(笑)。来週送りじゃないのか?って悩みつつ、ここまでは入れないと読者わかんないだろうな」と調整してネームに移るそうだ。「テンポとか構図を考えながら、移動していくんですけど、ネームへいくのも大変でパワーいるんですよね。ページに入りきるかとか、迫力あるように演出できるだろうかとか思って。プロットは好き勝手なこと描いてるんですけど、ネームが基本ですから、やっぱり」

ネーム
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上はプロットから起こしたネーム原稿。「実際描いてみて迫カがないなと思ったら、移動します。これ(下の図版参照)見開きで、ただ三コマですね。振り向いて、矢印なんですけど、敵を襲う。ホントにただの記号として描きますね」とのこと。しかもプロットからネームを起こすときには、すでにコマ割りまで頭の中にできているそうだ。また、コマを割るときのカメラワークについては「カメラの視点は上下左右いろいろなところから撮ったりしないで、同じ視点で寄ったり引いたりとか、そういう構図が多いと思います。作家さんによっていろいろあるんですけど、私の場合はアクションとか起こさない限り、ずっと定位置なんですよ。だから回り込んで寄ってたりはしないんです。物語の、カメラの視点っていうのは、主人公の視点だったり、敵の視点だったりするわけですから」ということで、定位置を心がけてるそうだ。

クローズアップ 
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これから紹介するのは「Act.85 思い出」の回の生原稿。荒木さんは画用紙をピンで留めて裁断したオリジナルの原稿用紙を使用している。人物のアタリをラフスケッチと同様に青線で取っていることに注目。また、枠外にはトーン番号や効果線の指定などが同じく印刷に出ない青線で描かれている。
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肉体派キャラのルーツについて聞いたところ、キリシャなどの古典西洋絵画の伝統にあるという。「昔は肉体美に生命力というかそういう意味を感じてて。シュワルツェネガーとかの全盛期で、面白い作品いっぱいあったから。でも今は女性の方がバキバキになってるから、男性よりそっちの方に変わってきてるかもしれないですね」。ただ、キャラを描くときの意識としては、「女性とか男性の区別はなくて、人間として捉えてます。これからのマンガだとは特に区別しない方がいいかも知れないですね」とアドバイスをしてくれた。
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「ジョジョ」においては男女問わずキャラがセクシーなのは有名だが、そのヒミツが分かるワンショット。F・F(エフ・エフ)の目元、眉毛に注目。目の縁取りはペンで描かれたものだが、外側、いわゆる化粧でいうアイラインを黒のマーカーで太めに描いているのだ! ちなみに男性キャラの眉毛についてはこんな逸話が。「少年マンガには、絶対眉が太くなければいけないっていうキマリみたいなのがあってね、私もそれを克服するのに何年かかったことか(笑)。それは川崎のぼるさんの「巨人の星」の呪縛で、それがとれてきたのが仗助の頃です」
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DアンGを撃とうとして逆にホワイトスネイクの手刀を受けてしまうF・F(エフ・エフ)。ここはプロット1ページ5段目から2ページ2段目までのシーン。プロット1ページ4段目を前に載せた計3ページの原稿に振り分けて、こちらのシーンをアクションたっぷりで見せている。上のアップは勢いよくホワイトスネイクの手にめり込む弾丸のスピードを表現しているシーン。血しぶき、ペンの上から入れたホワイトの線、素早い動きを表現するための斜線に注目(右上のホワイトスネイクのAの字は右部分だけ斜線になっている)。
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右はヨーヨーマッが蒸発していくシーン。煙が立ち上るように入れられたホワイトと、トーンを貼った上から重ねられたインスタンテックスが消えていく様を見事に表現している。左は最終ページ。前出のネームでは、アナスイがショックを受けている顔のアップが最後のコマになっていたが、最終的には手形が焼きごてのように残っているということをアップで強調して不気味さをさらに増した形の原稿が完成した。
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弾が当たって下から上へ首がふっ飛ぶという荒木さんらしいケレン味のあるシーン。血のように見えるように「ドボ―――」のドだけ白抜きされていたり、遠くに行くほど大きくなる「ゴァパァァアン」の文字が血しぶきを連想させる。また、胴体から出ている血はベタで表現されているのに対し、壁にかかった血は集中線が入っているところが面白い。こういうアクションシーンはどういう順番で描くか悩むところだが、荒木さんの場合、キャラのペン入れ、細かい血しぶき、集中線を先に入れ、その上からトーンを貼り、そして描き文字をおいてホワイトで文字の周りを抜いているようだ。

スタンドラフスケッチ
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上は画集用に描き下ろされたイラストからスタンドが集合している一枚。左はスタンドのラフ案など。スタント造形に関してもデザイン的に奇妙で印象に残る方を重要視するという。「テーマがあるんですよ。闘う形とかね。肉体派でパンチを繰り出すな、と思ったらそうするし。例えばザ・グレイトフル・デッド(カラー図版右端の緑のスタンド)、あれはパンチがいらなから手をとって全部足にしたんです。要するに彼は機能を100%どう活かすかという、機能性のために形ができてる代表選手かもしれないですね」。ちなみに、第三部に出てくるマジシャンズレッドはエンキ・ビラル「ニコポル三部作」のホルスからとったんですと笑顔で教えてくれた。
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左はエルメェスのスタンド「キッス」、右はジョンガリ・Aのスタンド「マンハッタン・トランスファー」のラフ。「ジョジョ」ではスタンド名に洋楽アーチストの名前やアルバムタイトルがつけられることが多く、ファンの楽しみの一つ。鉛筆で描かれた方の「キッス」のラフは首・胸の衣装が変化している。スタンドは本人の成長により進化するものなので、今後新たなカが生まれる可能性が?
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BUZZ Vol.21 rockin'on 2000年7月増刊号のインタビュー記事より。
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 たまには音楽畑以外にも、いろんな人に会って、いろんな話を聞いてみたい。だって、僕らは生きてるんだもん! というわけで今回から始まった新コーナー。第1回目は漫画家の荒木飛呂彦先生です。
 おそらくロック・ファンには既におなじみであろう『ジョジョの奇妙な冒険』。何世代にも亙る数奇な運命と血の物語を、緻密な構成と筆力で描き出す少年ジャンプ連載の傑作カルト漫画である。さらに登場人物が次々と繰り出す異能力=「スタンド」に、ロックの名作や偉人の名前がガンガン出てくるのも人気の的。「レッド・ホット・チリ・ペッパー!」「スティッキィ・フィンガーズ!」「セックス・ピストルズ!」という雄叫びと共に発現する奇怪なフォルムの能力達。現在シリーズ第6部「ストーンオーシャン」での新展開を見せている『ジョジョ』ですが、大のロック・ファンである荒木先生にその作家性の根拠と、今回の特集にちなんだ「あなたにとってのヘヴィ・ロックの名盤5枚は?」を尋ねに会ってきました。
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●今日は荒木さんの奇妙な作風がどのように生まれたかというのをお聞きしたいなと。
「どういう感じかなあ。梶原一騎のスポーツ根性――『巨人の星』とか『柔道一直線』の主人公がどんどん成長していくストーリー、それが子供ん時に凄い好きだったですね。と同時に横山光輝と白土三平の忍者マンガというのがあって。白土三平だと『カムイ外伝』とか。横山光輝は『仮面の忍者赤影』『バビル2世』とか。その2つが好きだったんですけど、梶原一騎の方は主人公がどんどん成長していくタイプのストーリーっていう。横山光輝タイプの作品というのはサスペンスとトリックっていうか。子供ながらにも、『こういう2つのタイプみたいなのがあるんだな』みたいなね」
●漫画好きの内向的な少年だったんですか。
「いや、普通です。私は剣道やってたんですけど、試合が凄いヤで。もう相手の気迫みたいなのが嫌なんですよ」
●じゃあ何で剣道やってたんですか。
「なんか、『おれは鉄兵』読んでて」
●ははははは!
「自己鍛錬ですね。自分の成長の為に試合してるっていう感じで、自分は闘いを描いてるんですけども。弱かった自分がね、相手に勝つっていうよりも己に勝つ為に戦うっていう。あと闘う時も、根性とかで勝つのはね、あんまり自分は嫌なんですよ。やっぱりワンランク精神がアップして、それを手に入れて倒すとかね」
●「スタンド」って発想もそういう事だと。
「そうです。今まで念力っていうと『うん』って念じてバカッて石が割れたりするんだけど、守護霊みたいなのが後ろから出てきて、本当は見えない心が出てきてそれを割るっていう、そういう発想なんですよ」
●僕は最初『ジョジョ』読んだ時「面白いけど変な漫画だなあ」と思って。アンケートの結果にシビアであるとされてるジャンプだったら、あと何回で終わっちゃうんだろうと思って読んでたとこあったんですよ。
「そうですねえ。その辺もギリギリのところでやってたかもしんないですね。でもとにかく描きたい事はいっぱいあったから、自分では終わる気全然ないですよ。やっぱり善の象徴と悪の象徴の闘い・・・その精神性ですね。1話目の辺りはちょっと肉体的なんですよ。当時シュワルツネッガーとかスタローンとか、映画でマッチョな男が出てきて闘う話が大ヒットするんで、それにあやかったのか何だか自分もその方向に行ってたんですけど、やっぱりその精神性みたいなのが頭にもたげてきまして、第3部のような感じになったんですけど。だから最初はマッチョの肉体を追及してたんですよ。肉体の極限ていうか『どこまで人間は肉体的にいけるか』みたいなね。それが精神性になった時にかなり広がってったっていうか。で、第3部の空条承太郎の時に苦労したのは――ディオっていう敵が最後にいるんですけど、そのディオを見せるとね、読者は空条承太郎対ディオの闘いを期待しちゃうわけですよ。その間どうでもいいわけ、その手下は。だからディオをなるべくとにかく出さないっていう。あれはかなり苦労したんですよ。いろんなマンガ見てても――ラオウが出るともうラオウなんですよ」
●はははは。
「ケンシロウ対ラオウで。その間に出てくる敵はね、あんま興味ないわけ。だから出しちゃダメなんだなと思って。私はむしろ道中記を描きたいのに、それなのに最後の敵を出しちゃうんじゃもうとにかくダメ。ダメっていうか、ストーリーはかなり苦しくなるっていうのは思いましたけどね。あとトーナメント式にしなかったっていうのかな。どんどん上に上がってくってタイプにしないで、すごろく的な――水戸黄門的な『ここではこの敵、ここではこの敵』っていう。で、強さは関係ないっていうか」
●強さは関係ない?
「キャラクターなんですよ。敵の強さで描くと、前より強くなきゃいけないんですよ。そうするとバブリーな話じゃないですか。最初の敵より強い敵、強い敵って、最後はこんな膨らんじゃって収拾つかなくなるんで。強いキャラクターもあれば、ちょっと弱めでずる賢い奴もいて。まあそれにスタンドっていうアイデアがハマったっていうところがあるんじゃないですかね」
●スタンドのネーミングとは別に、作品そのものに自分のロック観っていうのが影響与えてるなあって気はします?
「あのねえ、マンガを読むテンポってあるんですよ。ページをめくってトントントントントンみたいな。リズムっていうのが。そういうのがロックのリズムで。だからトトトトトトトトトトンッとかね。ドドドドドドバコッとかね。ゴゴゴゴゴゴゴゴドーンとかね。バキューン!とかね」
●ははははは。
「あとはまあミュージシャンの伝記とか読んで、『この人はこういう事考えてんのか』っていうのがキャラクターに反映されてたりするのはあるかもしんないですけど。ジミ・ヘンドリックスとかね。ロックじゃないけどモーツァルトとか
●そう言えば、荒木先生の描くキャラクターって何となくみんな悲しげですよね。ハッピーなキャラっていうのは――。
「あんまないかもね。やっぱそれじゃないと面白くないんですかね。編集者でね、『生きてるのがつらくなるような作品読みてえよな』とか言った人がいてね。例えば、スティーヴン・キングっていうキャラクターっていうのは、なんか生きてるだけでその存在が悲しいやないかみたいな。その人がそこにいるだけで悲しいんですよ」
●そういう影とか悲しさとかを必ず抱えてるキャラクターを描いてると同時に、少年の成長みたいなのを前提にしてると。じゃあ成長していきながらも、最終的なハッピーにはならないのかな、みたいな。
「うーん、でもまあ一応何かを掴んでると思いますけどね。あんまり不幸になって終わってるっていうのはないと思いますけども。一応これからも課題を抱えながらも、一つの敵はクリアしていくんだろうなっていう、そういう感じですね。でも物悲しい感じは絶対いいですね。音楽もそうですけども。『切ないなあ』みたいな」
●実は荒木さんの作品って、いたるところにユーモアがあるじゃないですか。あんまりそういう笑いの点って指摘されてないんじゃないかなと思うんですけど。
「ギャグっていうか、あれはヘヴィになり過ぎないようにっていうのもありますよね。描いててつらくなる時があるんですよ。読者もつらくなるとヤなんじゃないかなとか思って。だからそういうつらいののちょっと裏を返すっていうのかな。ブラックなユーモアとかで、本当はヤバい事なんだけど、ブラックな味つけにする事によって、ちょっと救いがあるっていうんですか。例えば具体的に言うと、この前のジョルノっていう主人公の時の作品で、1人仲間が消えるんですよ、途中で。それね、最初仲間を裏切って逃げるっていう考えだったんですよ。だけどいざ描こうとしたら、凄いヤバいと思ったんですよ。裏切るって物凄い描いててヤだなあと思ったんですよ。勇気がちょっとなかったですね。読者にも絶対これは許されねえと思ったもん。裏切りって少年誌のタブーじゃないかなと思いますね」
●それって少年誌だからって言うより、荒木さんの一貫した何かじゃないんですかね。
「うーん、でもね、悪の方にも私、感情移入してて好きなんですよ。ディオとか吉良っていう奴とかね。だからそいつの視点で描いたりしてるんですよ。悪には悪の気持ちがあるんだろうなって。だから読者もそれに感情移入するように描いたり。悪いことをするなりのね、動機っていうか」
●変な言い方ですけど、「悪を為す事においての正義感」みたいな?
「そうですね。その価値観のぶつかり合いで正義と悪に分けてますけど」
●主人公が女性って、今連載してる『ストーンオーシャン』が初めてですよね。
「女性もね、前は課題だったんですよ。やっぱりパンチとか、顔に受けられないじゃないですか、女の人って」
●そうなんですか?(笑)。
「だから今は時代が良くなったんですよ。80年代はあんな女の子出したらダメですよ。可愛い女の子じゃなきゃ漫画はダメ。どっちかって言うとロリコン系っていうのかな。だけど1人の人間として描けば、女の人も大丈夫だなあって。鼻血ぐらい出してても絵になるなって思ったんですよ」
●(笑)。
「まあ第1回目のあの辺はちょっと苦労しましたね。読者に可愛い子ちゃん路線で行くんだなっていう意識をさせないようにっていう。あえて汚い言葉使ったりとか、ちょっと肉体的な表現したりとか。可愛い子ちゃんが殴られたら、読者は『ええー!!』って思いますよ。殴られるぐらいじゃないと思うんですよね。『ジョジョ』って下手したら腕の1本も吹っ飛びますから(笑)」
●(笑)『ストーンオーシャン』は物語の展開って結構できてるんですよね。JAPANの方でお会いした時にチラッと聞いたんですが、ネタをバラすと読者に悪いからってあえて活字にはしなかったんですけど。
「(笑)もういいんじゃないですか。刑務所内だけの話になるっていう事は言いましたよね。物語は刑務所の中だけで行われます。道中もんじゃなくて、渦巻き型っていうか。中心に向かってくように」
●じゃあ最後に、今回BUZZの方でヘヴィ・ロック特集っていうのをやるんですよ。で、荒木さんのお薦めのヘヴィ・ロックの名盤5枚っていうのを――。
「ヘヴィ・ロックの概念がちょっと分かんないんですけども。レッチリもヘヴィ系に入るんですか」
●今回ウチの雑誌ではそういう事にしました(笑)。
「まずレイジの『イーヴィル・エンパイア』が入ってますね。あとリンプ・ビズキットの『シグニフィカント・アザー』。あとこれが私のNo.1なんですけど、バックチェリーの1枚目。ジャケットがいいんですよ。あとメタリカの『S&M』を入れとこうかな。最新ライヴですね。で、ボストンの『ウォーク・オン』」
●ボストン(笑)。ヘヴィ・ロックとして?
「ヘヴィ・メタじゃないの、あれ? 音はヘヴィ・ロックだけどね。あと私レッチリとか大好きですよ。あとはスキッド・ロウ、ガンズ・アンド・ローゼスでしょ。で、エアロスミスとニルヴァーナ。嫌いなのはパール・ジャムですね」
●へえ。そうなんですか。
「ハードロックってね、ちょっとエコロジカルな感じがあると思うんですよ。聴いてて気持ちいいっていうか。クラシックより全然精神的にいいと思うんですよね。強弱あんまないし。ずっとガンガンいってくれるから。で、パール・ジャムってちょっと神経に触るんですよね。音がなんかねえ」
●ふーん。面白い意見ですね。ボストンをヘヴィ・メタルと呼び、パール・ジャムの音はニルヴァーナより神経に触ると。
「ニルヴァーナは良い」
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なんとプレゼント企画として、抽選で1名に荒木先生の直筆サイン&イラスト入りのJOJO A-GO!GO!が!
buzz02
現在はどこにあるのかなぁ・・・
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