ジョジョの奇妙な研究所

ジョジョの奇妙な冒険について色々と研究しています。
コミックスとジャンプ掲載時の違いや、ジャンプにしかないネタなどがメインになります。 所長:TOK

タグ:対談

COSMO POLITAN 2003年7月号 のインタビュー記事
僕にとってマンガは日記みたいなもの。次回作も今の作品の先にしかありません
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僕のマンガを読んだことのない年配の方と、9歳の女の子から絵をほめられたことが、パリで個展を開く自信になった
『週刊少年ジャンプ』の数あるマンガの中で、'87年の連載開始以来、16年にわたって読者の圧倒的な支持を受け続けている作品がある。独特のタッチをもった美しい絵と、奇妙なまでに精緻な世界観に裏づけられた、スリリングなストーリーをもったその作品が『ジョジョの奇妙な冒険」。コミックスは通算で79巻を超え、最新のシリーズPart6『ストーンオーシャン』も、先月、無事終幕を迎えたばかりだが、その作者が彼、荒木飛呂彦だ。
「もちろん、連載開始当初は、こんなに長く続くとは思ってもいませんでした。でも『エデンの東』とか『ゴッドファーザー』みたいなアメリカ小説の伝統、というか、話ごとに主人公が変わっても、じつはストーリー全体は何世代にもわたって続いていくような物語を書きたい、ともずっと考えていたんです」
19世紀のイギリスに端を発する、誇り高き紳士ジョナサン・ジョースターと、古代遺跡から発掘された石仮面の力で吸血鬼となったディオ・ブランドーとの善と悪の闘いが、その後も延々、シリーズを重ねるごとに世代と国を超えて続いていく……一度読んだらやめられない、超ド級の冒険大河ドラマ、である。
「僕が小学生のころは、『少年ジャンプ』が創刊されたり、『巨人の星』『あしたのジョー』が大人気で、すごくハマったんです。自分の生き方までマンガに教えてもらったような気がしましたね。ジャンプはお守りというかバイブルでした。どんなに荷物が重くなっても、学校のキャンプには必ず持参。手もとにあるだけで安心するんです。もちろん、ホームシックになると取り出して読んでいたし。マンガには、すごく救われた気がしています」
そんな読者としてのマンガとのつき合いが、次第に、自分の思いをマンガで表現したいという気持ちに変わっていったのは高校時代。
「テレビの『刑事コロンボ』が大好きで、あれは犯人を最初に見せちゃうじゃないですか。見ていると、犯人に感情移入している自分がいるんですよ。コロンボが『ちょっと待ってください』と言うとイヤーな気持ちになったりして(笑)。そんなふだんの価値観と違うものを見せられたりすると、本当にみんなが言っていることは正しいのか、とか物事をすごく多面的に考えるようになりましたね。次第に人と違う考えが浮かぶと、それを何かで表現したいと思うようになったんです」
さまざまな表現手段がある中、彼が選んだのは、やはり「マンガ」だった。
「マンガって、いろいろな魅力があるんです。絵はうまいけど、ストーリーが書けない人でも、絵がすごくへ夕な人でも、マンガ家になっている人はいる。文章だけでも、映像だけでもない魅力がある。それに、学校の勉強ではほめられたことがないのに、授業中に描いたマンガとかでは、友達とかから、絵、うまいいね、とほめられたのも大きかったかな」
この4月に、パリで初めての個展を開いたのも、彼のマンガを読んだことのないかなり年配の人と、9歳の女の子から「いい絵だね」とほめられたことがきっかけだったという。
「フランス人が日本のマンガをアートとして興味をもったのにも驚いたけど、素直に評価してくれたのは自信になりましたね。僕にとってマンガは日記みたいなもの。昨日完結したからといって、まったく違う世界観は描けない。完結した作品の延長線上、連続していく先の部分にしか、興味がないんですよね」
『ジョジョ』の世界は、まだまだ続く!
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季刊エス 2003年夏 Vol.3 のインタビュー記事
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荒木飛呂彦 個展 in PARIS
『ジョジョの奇妙な冒険』で圧倒的人気を誇る荒木飛呂彦がパリで個展を開催した。
第六部ストーン・オーシャン編も完結したばかりで、さみしい思いをしていたファンには嬉しいニュースだ。
今回は情報誌初!の独占取材でフランスの個展情報を紹介しよう。
2003年4月10日~30日、GALERIE ODERMATT-VEDOVI(PARIS, FRANCE)にて開催。
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「Giorno in Spring ,2003」84×59cm、イラストボード、アクリル絵の具

今回の個展は荒木さんたっての希望で実現したという。
荒木さんは「僕は世界に一枚しか存在しない『絵』というものにひかれるんだよね」という。確かに、つねに独創的で魅力あるイラストを描き続けてきた作家である。今回はそんな『ジョジョ』作品をもって、フランスでの個展。彼のイラストは西洋絵画の伝統ある画廊の人にどう受け止められたのだろうか?
漫画というフィールドから新たなジャンルへ挑戦を挑む荒木さんと画廊のオーナー・ヴェドヴィ氏に話を伺った。
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――今回フランスで個展をされるにあたってきっかけはどんなことだったんですか? 作家さん主導で、というのは珍しいと思うのですが。
荒木 僕のマンガというのは十五歳くらいから二十代の人が読むものだと思うんだけど、ある時九歳の女の子が僕に対して「絵、じょうずね」っていってくれたんですよ。それがね、嬉しかったの。マンガを読んでもいないのに、僕の絵にだけ興味を持ってくれていたのね。それと年寄りの人もやりなさいよっていうわけよ。それで、「そうなの?」って感じてやろうと思って。でも日本人よりも海外の方はどういう風に見るんだろうなと思って、その後いろんな人と知り合ってフランスでの個展になったの。自分でも驚いてはいるんですけど、きっかけは小さな子供。
――なるほど。では、画廊のオーナーとしては個展の開催依頼があったときにどのように思われましたか? こちらの画廊はいつもはルノアールやシャガールなどを展示している老舗の画廊だと伺ったので、とても新しい挑戦だったのではないかと思うのですが。
ヴェドヴィ まず私は抽象絵画の画商として、今世界的に注目されているマンガやアニメに非常に興味があったんです。そして村上隆さんなどの絵を拝見して非常に憧れを持っていた。そして何か新しいことを始めたいという気持ちがあって、お話が来たときにすぐ繋がりが持てるような感じがあった。だからそれが運命の繋がりだったんだと思います。また、同時期にトーマス・アルノーの、この人は有名なアニメの抽象絵画の画家なのですが、その人の絵を私は非常に好んで見ていました。でも彼が成功しているのは、アニメのテクニック、アニメの原画のイラストを出していること、色遣いもアニメのものにしていることが原因だと思うのです。そうした彼の持ち味に非常に興味を持ったことが、やはり荒木さんの展覧会に繋がったんだと思います。
――それは、日本的なアニメやマンガをご覧になって、西洋絵画にはない特殊な感じを受けるということでしょうか?
ヴェドヴィ 今までのものの考え方でいけば、フランス人もマンガやアニメは子供の読むものと思っていたのです。ですが、村上隆さんにしても奈良美智さんにしても素晴らしい芸術を発表してらっしゃる。そのことがフランスやヨーロッパでも認められている。それはやはり芸術として認めたということで、それに私も共感するということです。だからマンガのイラストレーションも抽象絵画の一端に入るという風に私たちは思っています。それは私たちだけではなく、ヨーロッパ人の芸術感覚だと思います。もちろんフランスでも若い人たちはマンガを好みます。ですから『ジョジョ』がフランス語版で出ていますが、買っている読者は十代から二十歳くらいの子供たちかもしれない。でも彼らも芸術性がなかったら絶対好まないんです。芸術性があるからこそ子供達の夢の中でもそれが受け入れられたと思うので。
――ヴェドヴィさんは抽象画としてご覧になっているそうですが、お描きになっている立場としてはどう思われますか?
荒木 自分的には抽象絵画というよりも西洋の古典技法に影響を受けているので、例えばベラスケスとかゴーギャンの色の配置が大好きで研究してるところがあります。それをマンガに取り入れているところはある。だから抽象絵画という概念はないです。むしろ取り入れて融合しているフュージョンの感覚はあるかな。マンガ家はたくさんの役割を持っていて、脚本家やカメラマンや俳優などがあったりするけど、画家みたいなところもあるのかなって思う。僕はそういうところに力を入れているというか、そういうタイプの漫画家だと思うので。でも抽象絵画は好きで見てはいますけど、概念は僕にはあんまりない。むしろどちらかというと古典的な方に意識はいってるから、なんというか・・・・・・ネオベラスケス?
――なるほど(笑)。古典絵画がお好きで見ていらして、そこから色の法則などを追求なさっているとのことなんですが、そういうところはヴェドヴィさんもお感じになりますか?
ヴェドヴィ 彼の作品の色の使い方が非常に美しいということから、やはり印象派の絵を非常に見てらっしゃるなという感じはします。でも抽象絵画、いわゆるコンテンポラリーの絵画もジャンルとしてとても構図に動きがある、雰囲気がある、色も非常に多く遣う。そしてやはり彼の作品の中にも非常に動きを感じる。動きがあると同時に美しい色遣いがある。そこが何か夢を膨らますように私には感じます。
――確かにキャラクターのポーズなども凄く独特で、マンガのモノクロ原稿でも非常に面白い構図があるんですね。それは荒木さんの特徴の一つだと思うのですが、そういうところも同じように見てらっしゃるのでしょうか?
ヴェドヴィ 一つ一つの、一コマ一コマの絵のデッサンが非常によくできているというところに感動があります。
――日本では最近はデッサンを取れた上でいかに自分なりにデフォルメするかというのが問題なのですが、その大先輩が荒木さんみたいな方なんですけれども。これから日本でマンガとかアニメーション、そういうものに携わっている方たちに期待されることはありますか?
ヴェドヴィ 日本の終戦後というものは、マンガの社会、アニメの社会、そういった芸術面でもアメリカから非常に影響を受けてこられた。しかしこれからの社会では日本のアニメというものが世界に影響を与えていく。日本のアニメーション、マンガの社会というものが世界に知られているということはみなさんが感じてらっしゃるわけです。そのように認知しているでしょうから。だからこれからは若い人たちが非常に出やすい形で発達して行くんじゃないでしょうか。
――なるほど、面白いですね。国内で作品を描いてる立場ではそういうことはなかなか分からないですから。海外で日本のマンガやアニメが流行っているといわれてもピンとこないんです。他の人からどう見られているのか、特に海外からそういう風に見られているという事はとても面白いです。
ヴェドヴィ 我々はやはり今までの既成概念に囚われている。新しい若者たちが自由な立場でもって世界的に視野を広げながら、自由な社会で何かをするということが、アニメやマンガを描くということも含めて、新しい意見になってくるんじゃないでしょうか。
――ちなみに今回は荒木さんの展覧会ということで、個人的に荒木さんの絵のどこらへんが一番面白いと思われますか?
ヴェドヴィ まず美しいこと。美しさを追求するということがこの社会からだんだんなくなってきている。また、新しい、今までなかったようなエリアに踏み込んでいること。私が子供の時に見たマンガ、子供の時に見たアニメというものとは全然違った新しい社会を創造してらっしゃる。そういうこともわたしが興味を持っていることです。個人的なお話になりますが、私には六才の男の子がいてその子がもうすでにマンガという言葉を使っている。ということは日本の「マンガ」という言葉がフランス語化しているということなんです。それだけ日本のアニメ、マンガが浸透しているという風に理解しています。そもそもわたくしの息子は荒木さんの『ジョジョ』の大ファンなんです。
――そうなんですか? 読者は世界中にいるということですね。
ヴェドヴィ そういうことです。たくさんいるということですよ。
――じゃあフランス展だけでなく、また別の国や土地でも展覧会を開催するといいかも知れませんね。
ヴェドヴィ 私の両親はベルギーのブリュッセルにある老舗の画廊なのです。ですからたぶん次回はベルギーでも公開させていただくことになるかもしれません。そうしたいと私は思っております。
――もう次回の予定があるようですね(笑)。
荒木 ヴェドヴィさんからいわれると。プロポーズがあったら地の果てまで行ってもやりますよ(笑)。すごい喜んで。
――じゃあ、次回展覧会を楽しみにしていますということで(笑)。ちなみに、今後こういう風に絵を描いていきたいというような抱負みたいなものがありましたら。
荒木 僕はいつも「勇気」みたいなものをテーマに絵を描いてるんです。やっぱり読んでる人に元気を与えたいかなって。ネガティブな方向には走らない、そこだけ気をつけて行こうと思っています。
――九歳の少女や六歳の少年もファンですからね(笑)。今日はどうもありがとうございました。

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個展レポート
 漫画のイラストを抽象画として
 今回の個展が行われたのは、オーデルマット―ヴェドヴィ画廊。ここはクリスチャン・ラクロワなど高級ブランドのブティックが建ち並ぶフォーブル・サントノーレ通りに面し、フランスの大統領官邸・エリゼ宮のすぐそばにある老舗の画廊だ。インタビューでも出たように、普段はルノアールやシャガールなどを展示しているということで、今回のように漫画のイラストを抽象絵画として展示するのは大きな挑戦だったそうだ。
 もちろん、その背景には村上隆や奈良美智など日本の現代美術のアーティストたちが評価されていることがある。また、フランスのテレビで『ドラえもん』や『遊戯王』が放映されており、日本の漫画・アニメが浸透していることもあるのだろう(ちなみにこの二作品は、個展会期中朝の八時台に放映していた)。
 そんな中で、漫画・アニメの絵を「新しい抽象画」として位置づけたいというヴェドヴィさん。今回の個展に関してだけでなく、新たな時代の流れをこのように考えているそうだ。「新しい世代の代わり目だし、新しい抽象絵画の時代はマンガの社会じゃないかと思います。それに対してはわたしの目は狂っていないと思うのです」
 老舗でありながら新たな挑戦を忘れない。それは、漫画家でありながら絵画としてどう見えるのか?にチャレンジした荒木さんと響き合うスタイルではないだろうか。

ジョルノとジョリーン 描き下ろしの二作品
 画廊の正面に飾られたのが四八ページ(※↑)に掲載したジョルノの新作イラスト。このページ(※↓)に掲載したジョリーンの作品とは対になる、描き下ろしの二枚だ。八四×五九センチという大きなサイズで描かれたジョルノは画廊の玄関の美しさと相まって存在感充分。もちろん、道行く人が足を止めて見入るシーンもあり、年代も若い女性からスーツ姿の中年男性、おばあちゃんなどさまざま。ちなみにジョリーンのイラストは、ジョルノの作品の「真下」に展示。画廊の地下(非公開)に設けられたスペースに飾ってあり、一階の床に空いたガラスごしの小さなスペースから覗くという構成だ。これはガラスを鏡に見立ててた面白い構成で、荒木さんらしい遊び心のある演出。
 余談だが、ジョルノにそっくりと言われていたオーナーのヴェドヴィさん。荒木さんいわく「あんまり似てるから、それで気に入ってくれたのかな?」と冗談をいうシーンもあった。
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「Jolyne in Spring, 2003」84×59cm、イラストボード、アクリル絵の具
 
ファンもたくさん来場
 オープニング初日はたくさんのファンが来場し、会場は一時混雑状態に。ファンの多くは日本語版のコミックスを手にしてサインを求めていたが、中にはLDを持参している人も。四十枚近く飾られた原画をしげしげと眺めながら漫画について語る姿は日本とほどんど変わらない。中にはベルギーから来たという大学生もいて、ネットのファンサイトで出会い、グループで来たそうだ。
 また、漫画のファイルを持参して荒木さんにアドバイスを求めていた人も。荒木さんいわく「日本人は線で描くような人が多いけど、フランスの方は面で描くようなタイプが多くて違いがあるよね」など親身に相談にのる一幕もあった。他にも『ジョジョ』作品のゲームやアニメなどの質問が相次ぎ、一時はファンによるミニインタビューのような雰囲気に。
 そして、帰りには芳名帳に感想を記していたが、そこにはもちろんジョジョキャラが。フランス語版は第三部までしか発売されていないとのことなので、日本の読者には懐かしい承太郎などが描かれていた。
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読むジャンプ (2002年12月3日号 週刊少年ジャンプ特別編集増刊)の特別対談
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読むジャンプは乙一氏が『THE BOOK』以前に書いた没原稿『テュルプ博士の解剖学講義』の導入部分のみが載っています。

「僕にジョジョのノベライズをさせて下さい。大好きなんです!」そのひとことが、漫画界の巨星・荒木飛呂彦先生と小説界の若き俊英・乙一先生を出逢わせた・・・。
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荒 最初、「乙一」って「おといち」さんだと思ってました。
乙 「おといち」でもうばっちりです。「きのとはじめ」と読んだ人もいますから。
編 乙一さんは、子どもの時、少年ジャンプの発売を待ちこがれて買いに行ったほうですか?
乙 行ってました。福岡は火曜発売だから月曜発売のところが羨ましくてしかたなかったです。
編 やっぱり『ジョジョ』を・・・。
乙 読みます。
編 『ジョジョ』をそんなに気に入ったところって、どこですか?
乙 ほかの作品にない、何かがありましたね。
編 荒木先生は「ほかの作品と自分の作品はこう違うんだ」というものは・・・。
荒 ないですね。ただ、何かね、僕は人から誤解されることがすごく多いんです。例えば兄弟の中ではね、妹が悪いのに僕のほうが怒られたり、無実の罪というか、そういうのが子どものときから多いんです。あと、何か学校で事件があったとすると、容疑者が僕だったりとか、何か日ごろの言動のせいかもしれないんですけど・・・。漫画も「100%理解されてないのかな」というのがしょっちゅうあって。でも、もうなれてしまって、それでもいいかなという感じで、無理に合わせようとしないんですよね。例えば編集部とかもこうしろとかって言ってくるんですよ。だけど、できないときはちょっとこのまま行くかなみたいな。貫くと言えば格好いいかもしれないけど、何というか、気にしないことにしている。そうすると、自然とこういう感じになるのかなというのもあるんですけど。
乙 僕は編集の人からは、何も言われませんね。
荒 それはいいですね(笑)。でも、無実の罪とかあんまりないでしょう。
乙 いや、ありますよ。それがほんとうに苦痛になって、一本書きました。
荒 あるんだな、やっぱりみんな。
乙 僕はクラスで全然しゃべらないんですよ。それで、ずっと黙っていると、相手が勝手に僕のことを想像するわけです。僕がずっと黙って座っていると、何かこんな人間なんじゃないかとか、勝手に思われていて・・・。それに全然クラスメートとコンタクトはなかったので、普通に生活していると、いつの間にか、全然自分の知らない僕のイメージができ上がって、いろいろな誤解を・・・。
編 例えば根暗なんて言われてた・・・?
乙 根暗。それは正解ですけど(笑)。
荒 誤解じゃないんだ!
乙 研究室配属のいざこざがあって、ちょっと僕が不正をしたような、だめな人間のやることをやったようなふうに誤解されて。でも、あんまりクラスメートとかコンタクトはなかったので、それは誤解だというふうに弁解する相手もいなくて、まあ、しようがないかなと思いつつ、過ごしたりして・・・。多分、今でもそんなふうに思われているんじゃないでしょうか。
荒 でもね、無実の罪もずっとやっているとね、あるとき認められるときがあるんですよ。それを知ると、誤解されていても、何かちょっと時期を待とうかなとか、それを学んでくるんですよ。漫画家になったときに、ちょっとそれを学んだんですよ。学んだというか、そういうものなのかと思うんですよ。認められたのは、やっぱり漫画だったんですよ。少年のときはほんとうに誤解されることが多くて、だけど、何か自分の好きなことで少年ジャンプで賞とかに入ったら、これでいいのかなと思ったとき、それが始まりだったかもしれないですね。やっぱり自分を変えないほうがいいというか、変えなくても、やり続けていると、二年後とか三年後に、だれか理解してくれる人とかが出てきたりとかするんですよ。
編 乙一さんは、ジャンプ小説大賞で大賞をとられてから、何冊か話題の本を出されて、今では世の中に認められた存在ですが、どこか自分の中での変化を感じることはありますか?
乙 うーん、何か微妙です。
編 微妙。
乙 変わらずに、そういうコンプレックスを、恨みみたいなものを、ずっと持っていたほうが、書く原動力になるような気もするし、そうやって認められてよかったという気持ちもあるし・・・。
荒 でも、乙一さんはすごい若くして認められていますよね。最初の作品とかは、友達みんなが「これは面白いな!」とかっていう感じだったんですか。
乙 いいえ。僕の身の回りには、そう言ってくれる人はいなくて、いろいろな人にも黙っていて。
荒 でも、手ごたえみたいなものがあって、「これはいける」という感じじゃないんですか?
乙 賞をもらった時は、何かの間違いだと思いましたね。むしろ「やばい」って・・・。それに受賞した作品は、幼い子供が死体を隠しまわる話ですから、親にすごく心配されました。
荒 それはあるよな。うちのおばあちゃんは、僕が上京したときに、東京で殺人事件とかが起こるとニュースが全国に流れるじゃないですか。犯人は僕だと思って、いつも仏壇に「違いますように」と願ったらしいんですよ。「何で?」って思いますよね。日ごろ殺人の話とかをしているからなんでしょうかね(笑)。
荒 今回のノベライズは少年のキャラクターがいいですよね。これも何か少年の、ある意味、ハリー・ポッター的な成長話というのになっているんですよ、これも。少年がどんどん成長していく話になっていて、そこがもう最高にいいんですよ。これは。多分、読んでないですけども、さっきの兄弟が死体を隠すやつも、そういうふうになっているんじゃないかな。隠しながらも、少年が成長していくって。
乙 なってないですよ(笑)。
荒 そうですか(笑)。
乙 今回書いていて、本当に思ったことは、荒木先生は漫画に何か父性的な感じがするんですよ。
荒 そうなの?
乙 自分の小説の中には、母性的なイメージが自分で見ていてつきまとっていたんです。他社から出した小説とかで。ですから、今度は読者が僕の小説を読んでどう思っちゃうんだろう・・・、そんな気持ちをずっと抱いていました。僕はどう書けばいいんだろうという感じで。
荒 僕は「父性的」というイメージはわからないけれども、でも、自分なりに書いたほうがいいと思うんです。母性的なら母性的なほうに持っていったほうが。
乙 荒木先生が、だれでしたっけ、好きな映画監督で、よくジャンプの目次のページに・・・・・・。
荒 マイケル・マン!
乙 はい。あんな感じの、男対男という戦いがあって、ジョン・ウーの銃を突きつけ合う感覚みたいなのが、僕の考える『ジョジョ』の中にあって、女の子が入る余地のない感覚というのがあるんですけど、僕の書く小説は、何かちょっと女の子が主人公になるパターンが妙に自分で考えて多かったんですよ。こんな『ジョジョ』は女々しいと思われるんじゃないかとかと思って。今回の話も少年がいて、母親がいて、ちょっと女々しいことを考えていて、こんなものを読んで大丈夫かなとか・・・。
荒 それは全然大丈夫だと思いますけど。なるほど、そういうことか。
乙 はい。
編 今回、四部をノベライズしていただきましたが、乙一先生は何部がお好きですか?
乙 どれも好きですね。
荒 でも、乙一さんという名前を聞いて、四部というイメージはすぐパッと来て、ああ、なるほどと思ったんですよ。大体、話が来たときに、何かね、ちらとその人の好みというのがわかるときがあるんですよ、片鱗が。例えばゲームなんかでは、絶対、こいつ、使わないだろうなというキャラクターとかを出したいとかって言ってきたりするんですよ。そのときに、「あっ、この人はこういうことを考えているな」というのがわかるんですよ。
編 普通、ノベライズといったら、それなりのキャラクターというのはみんな出てくるんですよね。
荒 そうですね。
乙 今回は、仗助だけ。でも、もっといろいろな作家さんが四部のノベライズを書けば面白いんじゃないかとか思いましたよ。四部は可能性がすごく残されている感じがします。
荒 そうですね。でも、この作品は、もう殺人鬼の吉良吉影が死んだあとの・・・。時間的にそうですよね。
乙 そうです。そういえば、仗助はその後はどうなったんですか? 進路とか。
荒 だから、そこで世界は閉じてて永遠の時を刻んでいるから。だからこそ、乙一さんが書けるんですよ。どこかに出てきちゃだめなんです。康一君はそういう語り部なんで、出てきたりしますけれどもね。
編 先生は、スタンドをお書きになるときに、必ずロックバンドの名前を・・・・・・。
荒 今回は悩んでんだよね。
編 そんなにやっぱりロックばっかりお聴きになっているんですか。
荒 いや、そういうわけじゃなくて、何かね、統一したいんですよね。そうすると、マニアがね、知っている人も知らなくても、何かこうくすぐられるところがあるというか。
編 乙一さんは、ロックはあんまり聴かないんですか。
乙 あんまり聴かないです。でも、『ジョジョ』を読んで知っちゃったんですよ。レコード屋に行って、「あっ、ジョジョで出てきた人だ」とか思って。
荒 そうですね。スタンドの名前がわからない人は別にわからなくていいんですけど。でも、今回のスタンドの名前、乙一さんに頼まれているから、ちょっと悩んでいる、どうしようかなって。乙一さんの作品を、壊しちゃいけないなとも思うし・・・。
乙 名づけ親、よろしくお願いします。
荒 考えてみますけど・・・。
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THRILL 2001年9月号 Vol.22の金子一馬氏との対談
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二大人気クリエイター対談 
週刊少年ジャンプにて長きに渡り連載が続いている『ジョジョの奇妙な冒険』の作者、荒木飛呂彦。そしてファンのあいだでは悪魔絵師という異名を持つ『真・女神転生』シリーズのアート・ディレクター、金子一馬。日常においてもファッションに多大な関心を持つこの二人は、ファッションの要素を自分の作品にどのように取り入れ、そして進化させているのか? また、二人の作品のルーツとは何なのか? 今だからこそ明かされる二大人気クリエイターの秘密に迫ろう!
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撮影場所は新宿にあるトルコレストラン「ウスキュダル」。
検索してみたら、内装は昔のままのようです。 

★お互いのルーツについて
荒木 まずお互いのルーツなんかについてお話しましょうか。
金子 そうですね。
荒木 まず仕事の内容なんですけど、ストーリーまで関わっているんですか?
金子 はっきりとは公表していないんですが、僕も考えています。
荒木 あっ、やっぱり!だってグラフィック集を見ていて、ストーリーに関わっていないと描けないデザインだと思ったんです。 ただデザインしているだけで、こんなに多くのデザインができるのかと不思議だったんですよ。キャラクターとかの状況とかいろいろとあるじゃないですか。 スタンドっていうのは、その技の特徴に合わせてデザインしていくんです。 例えば水の中で活躍するスタンドであったら、こういうデザインにしなきゃおかしいみたいな。
金子 やはりキャラクターの行動原理みたいなところを考えていくと、こういうタイプのキャラクターだから、こういう格好をしている、そういうのがありますからね。
荒木 そうですよね。肩から毒ガスが吹き出すから穴がなきゃとか。それじゃあどういう穴がいいかな、みたいな。
金子 でも、スタンドの前にジョジョだったら、怪しいポーズとかほかにもいろいろとあるじゃないですか。あのへんはどうなんですか?
荒木 それはそのうち語りますよ……チョットあとで(笑)。
金子 あ、順番があるんだ?
荒木 そうそう(笑)。お聞きしたい順番があるんですよ。
金子 分かりました。じゃあ僕が聞かれちゃうんですね(笑)。
荒木 まず、自分のほうから言うと、ウチの両親がちっちゃい頃、本をいろいろと読んでくれたんですよ。 『トム・ソーヤの冒険』とか、あとジュール・ヴェルヌの『海底二万里』とか。 そういうのばっかでね、日本のじゃないんですよ。だから、なんか異常に外国へ対する憧れが強かったんですよ。で、食べ物や音楽にいたるまでそういうふうになっちゃって。だから日本食とかもあんまり好きじゃないんですよ。
金子 僕も和食あんまりなんですけど、でも寿司屋の息子なんですよね(笑)。
荒木 ハハハハ。ほんとに?
金子 それで目の前でアナゴとかの目玉にザクッ!とか串刺しているのを見て、イヤになっちゃった(笑)。 でも、本に関しては僕はジュール・ベルヌとかよりは、ディズニーっぽいほうが多かったですね。音楽はどうですか?荒木さんの作品読んでいたら分かりますが、洋楽好きそうじゃないですか。 僕も洋楽大好きなんですけど、タケノコ族とか昔流行りましたよね?僕、タケノコ族やってたんですよ。
荒木 あれ洋楽じゃないじゃん(笑)。
金子 でも、ジンギスカンとか(笑)。ああいうの聴いちゃうとおもしろいじゃないですか。そうしたら夜ヒットとか観れなくなっちゃって、そのまま洋楽にどんどん入っちゃって、ブラックとかファンク系が好きでしたね。
荒木 僕はプログレです。
金子 えっ、プログレ(笑)?
荒木 もろ’70年代ですよ。イエスとかエマーソン、レイク&パーマーとか。
金子 スタンド使いの名前はプログレばっかりじゃないですよね。
荒木 まぁ、全部ありなんですけど(笑)。
金子 僕が気になったのが”エシディシ(AC/DC)”(笑)。結構親近感ありましたよ。
荒木 バンド名は何でもオッケーですよ、外国のものであれば。日本語がダメなんですよ。拒否反応が出ちゃって。仕事中にね、感情移入しちゃうというか。ちょっとピクってきちゃう。「何こいつスカシたこと言ってんだ?」みたいな(笑)。
金子 まぁ、洋楽もかなりスカシたこと言っているんですけどね。
荒木 理解したらこっ恥ずかしくて聴けないことばっかでしょ(笑)。だから私の場合はリズムとか、音の広がりですよね。なんか空間があるんですよ、音と音の隙間の中に。なんかね、そこにグワッと入れるんですよ。ストリングスとかの微妙なところでね、待ちがあったりとか、風が吹いたりとかさ。だから、その人が何歌っていてもいいんですよ。
金子 そういうときはもう仕事がノリノリになったり?
荒木 そうそう、ノリノリになったり泣いたり。
金子 えっ、泣いちゃうんですか(笑)。
荒木 そう。「うわぁ~、切ないなぁ~」って(笑)。歌詞とか関係なく切なくなったりしません?
金子 いや、ありますあります。悪魔音階っぽいっていうんですか、なんか気持ちを上下させるものってありますよね。あれを上手く開発すれば人を操ることができるんじゃないですかね(笑)。

取材にはどこへ行く?
荒木 よく取材で海外とかには行かれるんですか?
金子 いえ、僕はあんまり行かないです。
荒木 じゃあオタク系の外国マニアですか?
金子 まぁそうです。人が一生懸命書いた本を一生懸命読んで、その人の情報をすべていただくというズルいやり方です(笑)。でも、時間があれば行きたいですけどね。荒木さんはよく行ってますよね?
荒木 私は場所限定ですけどね。イタリアとかが多いですね。イタリアは本物っぽいところがなんか好きなんですよ。他の国はその物真似みたく見えちゃうんですよ。彫刻とかを見ていても、「あ、これはあの彫刻のイミテーションだ」とか思ってしまうんですよ。
金子 僕はどっちかと言うともっと日本のアンダーグラウンドな場所を探索したいですね。新大久保で立っている人たちの生活をもっと見てみたいし、薬物とかもどういったルートで動いているのかとか知りたいですね。
荒木 それもゲームに関係します?
金子 そうですね。ゲームの世界観として現代モノが多いので、必然的に東京の今に興味があります。都会に限ったことではないけど、人の集まる場所には昼の顔と夜の顔がありますから、昼はともかくとして夜というか”闇”の部分のリアルさを描くことで、よりインパクトのあるメッセージを発信できるのかな、と思います。単純にクラブとかが好きというのもありますけど・・・・・・。
荒木 クラブはどこらへんに行くんですか?
金子 どこということもないんですが、今は大箱が多いですね。若いときはマニアックな店にもよく行ったんですが、今はちょっと・・・・・・。昔のクラブって自動で水が流れなくて、その代わりに便器に氷が置いてあったんですよ。それが解けて水が流れる仕組みになっていて。で、朝の4時頃トイレに行くとそれがすべて血だらけになっていて。
荒木 えっ、なんで?
金子 要はケンカですよね。グループ抗争みたいな。まぁ怖い思いとか痛い思いもしたけど、ヤンチャな時期にそういうものを見たり聞いたりしたことは、今の自分にとって大事な要素になってますよね。
荒木 でも東京が舞台なら東京がいいですよね。私が”スタンド”という概念を思いついたのは、エジプトなんですよ。というのは、向こうの人達ってすごく怪しいじゃないですか、見てくれが。それで全員悪党だと思って。
金子 ウハハハハハ。
荒木 こん中の誰が敵でもおかしくないなと。で、その人間を信用できないというか、いくら親切にされても、なんか怪しいんですよ。
金子 なんか腹に持っているんじゃないかと。
荒木 それで悪の力というか、もうひとつの力というか、スタンドを思いついたんです。
金子 ああ、だからマンガは最初エジプトから始まったんですか!?
荒木 そうなんですよ。まぁ、編集担当さんがエジプト好きだったというのもあったんですが。住んでいる人達のパワーがホントすごかった。
金子 やっぱ行ってみないと分からないことありますよね。
荒木 そこから近くの人は力が強いだろうけれど、遠くにいる人は力が弱いとか。いろいろとルールを作ったんです。
金子 何でもできちゃうとつまらないんですよね。荒木さんのマンガは弱いところがいいんですよ。弱点を克服していくとか。ウチのゲームは悪魔を使役するものですから、そこでちょっと違うニュアンスというか、悪魔を守護霊として付けたらどうだろう?ってなったんです。そこからペルソナが生まれたんです。で、守護霊なんだけれど、その属性はインドの偉い神様だったり、どこそこの妖怪だったりしたわけです。ただ名前が示すとおり、ペルソナって”個性”じゃないですか。もうひとつの化身ですよね。そのキャラクターの、なんていうんですか、今の格好や、しゃべり方、やっている仕事までいろいろとあるわけですよ。そういうのをすべてそこに集約してみようと思って。そういった意味ではゲームで自然とキャラクターが動いてくれましたね。

絵を描くようになったキッカケ
荒木 金子さんがグラフィック・デザイナーになろうとしたキッカケはなんだったんですか?
金子 昔っから絵は描いていたんですけど、最初は漫画家になりたかったんですよ。でも、中学時代に女のコにもてたいなってなってきたときに、服装とかもちょっと悪ぶってみるとか、そっちにいこうとしちゃって失敗したんです(笑)。で、ある一定の年齢になったときに仕事何をやろうかなってなって、ミュージシャンにもなれないし、なんにもなれない。そして最後に残ったのが絵だったんですよ。で、会社に入ってみたはいいですけど、自分の力がたいしたことがないなってまたまた判明して、そこから努力した感じですかね(笑)。
荒木 私はね、学校のクラブで剣道とかやっていたんですが、一回も誉めてもらったことがなくて。勝っても負けても。でも漫画描いたときはね、「上手いね!」ってみんなに言われたんですよ。だからその気になりましたね。あと友達にね、すげぇ喜ぶヤツがいたんですよ。「これ最高じゃん!」みたいな。
金子 ハハハハ。既にその頃から編集者みたいなのが側にいたんですね。
荒木 そうそう編集者みたいなのが(笑)。で、ほんとその気になってきてさ、じゃあ明日もちょっと徹夜して頑張ろうかなって。この絵柄だとやはり永井豪さんですか?
金子 そうですね、永井先生の影響は強いですね。あと仮面ライダーとか、怪獣とか・・・・・・。
荒木 あ、怪獣の影響はあるね、絶対!
金子 怪獣の名前とか全部言えるんじゃないですかね。ライダーカード見せられても、怪人の名前全部言えますからね。でもおもしろいのが、デザインしていくうえで資料とか調べていると、その元ネタが分かってくるとこですね。ウルトラセブンの怪獣とソックリの土偶を発見したりとか。
荒木 ああ、あるある。
金子 鎧をモチーフに服のデザインをしようかなって思ったときに気付いたんですけど、鎧を省略していくとウルトラマンのコスチュームになるんですよね。西洋甲冑を線だけで模様にしていったりするとなるんですよ。
荒木 究極の抽象画ですね。ピカソとかもアフリカの仮面とかを見て、どこまで簡単に描けるかと試していたそうじゃないですか。同じですよ。確かにウルトラマンの形は究極ですよ。スヌーピーとかも絶対真似できない形なんですよ。あんなの描けない、普通。
金子 どうしてああしようと思ったんだって思いますよね(笑)。
荒木 ウルトラマンもこれ以上簡単にしてカッコイイのはできないですよ。
金子 それに誰にでも描けますからね。だからあとからあとから増やしていくのは簡単なんですよ。でも削ぎ落としていく作業はホント難しい。

いよいよファッションについて
金子 普段はどういう格好をしているんですか?もっとキチッとしているんですか?
荒木 めったにネクタイとかする格好はしないですよね。でも、なんか自分にしっくりくるブランドとかってないですか?ブランドでも絶対に似合わないっていうのがあるんですよ。プラダとかは着ても合わないんです。自分じゃないというか。あとグッチもダメ。
金子 確かにそういうのはあるかもしれませんね。僕はゴルチエが多いんですけど、よく買いに行くんです。それで結構馴染みなんで、「マンガ家さんとか来る?」なんて聞くとジャンプ系のK・Mさんとか、T・Bさんとか来ているらしいですよ。K・Mさんなんかは一度にウン十万くらい買っていくそうで。「すげぇーな!」とか思いますよね。T・Bさんは友人とか彼女に買っていくそうですけど。「なんかマンガ家もいろいろやってるなー!」とか思いましたね(笑)。
荒木 僕は買い物自体あまり行かないですね。ブランドではベルサーチとかドルチェ&ガバーナとかですね。でもそんなにドカッといかないですけど。でも、ファッションといえば、モデルとか眺めているのが好きですね。モデルってなんか妖怪っぽいじゃないですか。首をひねっていたり、口が異様にでかかったりとか。そこらへんがクルときがあるんですよ、ビビッと。で、模写していくと次第にジョジョのキャラクターっぽくなってくる(笑)。腰をくねらせて立っていたりとかね。ねじらせるのは、もうイタリアの定番なんだけど。
金子 そういうのがジョジョとかの謎のポーズと化していくんですね。「ズキューン!」とか、血管つかんで「コリコリしてるぞぉ~!」とか(笑)。ペルソナで体力を回復してくれる妖精が登場するんですが、その妖精の名前がトリッシュっていうんですよ。名前はファッションモデルのトリッシュ・ゴフからとったんですよ。まだ彼女がそんなに有名じゃなかったときに、「あ、このコ可愛いな!」って思って。名前もおもしろいし。でも、しばらくしたら超有名になっちゃって「ヤベぇー!」とか思って(笑)。
荒木 でもその頃から彼女のことを知っていたのはスゴイですよね。私がトリッシュ・ウナを考えたときは超売れていたときだから。
金子 モデルの名前ってみんなカッコイイじゃないですか。シャローム・ハーローとか。
荒木 彼女もでっかいつり目でカッコイイですよね。
金子 最近大ぶりな人よりも細身のモデルのほうが多いですよね。デボン青木とか。
荒木 デボン青木も不思議な感じだよね。
金子 彼女、ロッキー青木の娘だって知ってました?
荒木 え、そうなんですか?誰ですか、ロッキー青木って(笑)。
金子 レストランのベニハナって知ってます?
荒木 あー、ハイハイ。
金子 あそこのオーナーなんですよ。それはそうと仗助(ジョジョの奇妙な冒険四代目主人公)あたりがフェレがどうのとかあったじゃないですか。だから荒木さん好きなのかな?って思って。
荒木 でもホントはこれ描いても分かんねーだろうなって思いながら描くんですけどね。
金子 モスキーノとかね。
荒木 ああ~、モスキーノも良かったね!あれが出たときはびっくりしたよ。ピース・マークのデザインとかになるんだよね。
金子 ダブルのスーツとかもスゴク特徴的で。ボタンが目の代わりになっていたりして、顔になっちゃうんですよね。最近のデザイナーではジョン・ガリアーノとか。アレキサンダー・マックイーンとか。スタンド使いにもいるけど(笑)。
荒木 あと僕はロベルト・カバーニですよね。いるんですよ、最近出てきた人が。東京にはお店がないんですけど。危な系のお姉さんの格好なんですよ。ああいうのは「いいなぁ!」とか思いますね。

作品の根底に流れるもの
金子 荒木さんの作品って、ものごとを例えて言うじゃないですか。それってなんかシェイクスピアっぽいというか、日本の文学やドラマ、マンガにもあまりないですよね。
荒木 でもね、梶原一騎さんとかがやっているんですよ。「小さい人間が大きい人間を投げるには、自分はチビだと思わなければいけない!」みたいな(笑)。そういう概念にクッと感動するんですよ。「うまいこと言うなぁ!」って。読んでいたのは小学校4年生くらいなのに、なんか感じるものがあったんですよ。
金子 僕は荒木さんが梶原一騎を読んでいたこと自体ドキッとしましたよ(笑)。なんかかなりイメージと違いますよね。
荒木 じつは『巨人の星』から入っているんです。
金子 ウソ、マジっすか!?
荒木 小学校1年くらいだと思うんですが、その頃から・・・・・・。これはあまり言っていないことなんだけれど、最初マンガを持ち込もうとしたのは『マガジン』だったの。でも、たまたまそのときに梶原一騎が『マガジン』で連載してなくて、じゃあ『ジャンプ』のほうがいいやって(笑)。
金子 えっ、スッゲェ意外(笑)。
荒木 外国好きっていうわりには、貧乏人がのしあがっていく話も好きなんですよ。
金子 単行本に出ている写真とか見させてもらうと、こう言っちゃあ失礼ですけど、なんか育ち良さそうだなって思うんです(笑)。
荒木 ハハハハ。
金子 それでまた、岸辺露伴の話なんか書いてしまうもんだから、なおさら「大丈夫なのかな?」なんて思われちゃっているかもしれませんよ(笑)。
荒木 でも、金子さんもなんか意外ですよ。もっと怖そうなイメージがありましたから。
金子 よくそう言われるんですけどね。性格俳優ぽいって。ホントは気さくなやつなんですよ、こう見えて。僕はマンガといえば『天才バカボン』ですね。
荒木 あ、赤塚先生(笑)。それもそれで何かあれですね~(笑)。スゴイですよね。
金子 なんかあの、シュールな世界観がたまらなく好きなんですよ。だってタモリを育てた人ですよ!ある意味タモリを飼っていたんだから、個人用として。それでプロデュースしたんですよね。
荒木 世界観といえば、私はキリスト教の学校へ行っていたんです。だから毎日聖書を読んでて、自然とそういう考え方っていうのは染みついていますよね。
金子 ホントですか?カトリックですか?
荒木 いえ、プロテスタントだったんですけど。聖書で弟子が裏切る場面とか、子供の頃は「なんだろう?」とか思っていたんですが、大人になるとね、重いものがあるんですよ。いろんな文学のルーツもそこに含まれていて、いろいろとネタが分かってきて。でも、僕の場合は神様を信じているというよりも、いるって感じですね。具体的に言うことは難しいんだけど、運命とかも含めてね。それで作品の根っこのところにそういうのがないと、怖いことになるんですよ。「自分は何で漫画を描いているんだろう?」ってね。ただお金を稼ぐためなのかとか、女のコにもてたいだけなのかとかね。なんかね、それがいつかヤバイことに感じるようになってくるんですよ。でも、そこに正義だとか、人間愛だとかがあれば頑張れるっていうか。
金子 確かに人間愛とかがないと描けないですよね。お金とかがついてくるのはもちろんいいんだけど(笑)。でも、ただそれだけのためにやっているんじゃない。
荒木 やり続けるためには、そういうのが必要なんじゃないですかね。
金子 人間生きていくのはなぜ?って考え始めると、それはそれで難しいものがあるし。
荒木 こういうね、運命とかを描いていると「何でこの人ここにいるんだろう?」ってなってくるんですよ。それは主人公に思い入れがあればあるだけ強くなる。RPGなんか作っている人はもっとそういうのがあるんじゃないですかね。
金子 そうですね。キャラクターの必然性なんかについて考えてしまいますよね。動物とかって地球上に循環として存在しているじゃないですか。ミミズだって土を浄化するために生きているし、子孫を残すことが目的じゃないですか。でも人間だけは別のことをやっている。
荒木 でも、そういう世界が前面に出てくるとダメなんですよね。下の下のほうにあって、見えちゃダメなんですよ。無いともっとダメなんですけど。マンガだけじゃなくてね、音楽も何もかも。
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いつの間にかブログ開設から3年が経ち、40万アクセスを超えていて、まとめ記事を除くと、前回の投稿から1年も空いてしまっていますね。ぼちぼち投稿を再開していきたいと思います。

BUBKA 1997年8月号の「対談・荒木飛呂彦 VS 宅八郎」より。
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後に加筆修正されたのが書籍「マンガ狂い咲き」にも掲載されており、
今回は、その加筆修正された分も加えています。 
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ボクと荒木飛呂彦 文・宅八郎
 荒木とはもう数年のつきあいになる。
 ボクが荒木コミックにハマったのは、当時住んでいた杉並区のアパート近くにある喫茶店に置いてあった「少年ジャンプ」だった。その喫茶店には発売日前のジャンプが置いてあって、ボクはコーヒーを飲みながら、いち早くチェックを入れていたのである。
 『魔少年ビーティ』、『バオー来訪者』、そして『ジョジョの奇妙な冒険』・・・・・・。
 それらのあまりにもマジカルかつトリッキーな魅力に、ボクは引きつけられたのだ。
 対談のなかで、荒木が力説し、またボクも認めているように、荒木コミックの世界は決してマイナー系のそれではない。確かにメジャー系の王道をいくものなのだ。
 だが、それと同時にボクはマニアックな世界であるとは思う。でなければ、これほど「魅力的に病的」な世界は、あってはならないのかもしれない。
 荒木の世界に魅了されたボクは、90年当時、週刊誌で連載していたコラムで『ジョジョの奇妙な冒険』を批評した。当時「ジョジョ」は第3部を展開し、スタンドという、超能力の特異な表現を開始していた。
 そうしたボクの分析は、前号本誌特集でも執筆したとおりだ。今回、やや暴走ぎみの対談は前号をガイドに読んでいただきたい(のちに「ユリイカ」で精神科医・斉藤環氏は、もっとも的確な評論は宅八郎の文章だけだ、と荒木に語っている)。
 そして、ボクの分析は作者にとっても「本望なもの」だったのだろうか。発表した直後に荒木とボクは出会い、荒木夫人をふくめて友人になった。
 そして話してみて驚いたのは、性格はともかく、その感性の近さだった。かくしてボクらは互いの家を行き来し(ほとんど招かれることが多いのだが)、今日にいたっている。
 ボクと荒木は、お互いに相手を「あんたは異常だ」と突っ込んでいるサイコな友人関係だという気もする(笑い)。
 また、付記しておくと、荒木はともだちが異常に少なく、「知り合いじゃなくて友人というと、こせきこーじ(漫画家)と宅八郎(おたく評論家)の2人だけ」(証言・荒木夫人)だそうである。
 荒木飛呂彦、不思議な人だ。
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ここから対談(宅=宅八郎、荒=荒木飛呂彦)
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~時代の罪・何がジョジョを生んだのか~
エヴァンゲリオンなんて苦手だ
宅 今日は荒木コミックの原点をたどりたいんだけど、昔はマンガは何を読んでたの?
荒 昔は梶原一騎とやはり、白土三平などですね。特に『柔道一直線』と『巨人の星』が好きでした。それに横山光輝先生の『バビル二世』。前に宅さんに指摘された通り、確かにあれに異常性を加えればもう『ジョジョ』だよな。
宅 異常性は認めるわけだ(笑)。横山マンガのいいところは主人公があんまり難しいこと考えてないところだよね。
荒 すごくストレートでいいですよね。
宅 一見ヒューマニズムの手塚治虫とちがって、横山光輝は始めからそういうの捨てているでしょ。『鉄腕アトム』と『鉄人28号』の差っていうか。ボクは横山派へいくわけ。
荒 かなりキているよね、横山マンガ。ハードボイルドっていうか。
宅 今のジョジョでもそうだけど、原形って横山光輝の『伊賀の影丸』とかでさ。たとえば、忍者と忍者が巻物争いで闘っている(七つの影法師編)のと同じじゃないですか。
荒 あれは基本だよね。あのマンガは『少年ジャンプ』の一時代の作家にとってバイブルみたいなものですよ。
宅 天才的でしょ。ボクは横山マンガの忍者や超能力、ロボットもの(『鉄人28号』『ジャイアントロボ』など)も大好き。横山さんって小難しい事を言わないし、ファンタジーを描こうとしてないでしょ。イジイジウジウジしてないというか。アニメの『新世紀エヴァンゲリオン』なんかとは全然違って。
荒 あの、エヴァンゲリオンとかガンダム系のさ、「ホントは戦いたくない心理の主人公がマンガの主人公になってる」ということがよくわかんないんですよ(笑)。だってスカッとしないじゃないですか! 悩まずに突き進んで欲しいよね。スカッと。
宅 スカッといきたいよね!エヴァンゲリオンとか見ているとわからない。頭が痛いもん。だから、ボクら2人のエヴァ・シンクロ率はマイナス500だ!
荒 あのアニメ、だめだよ・・・・・・。
宅 エヴァの主人公にしても「そういう性格だから、おまえはイジメられるんだ!」って感じで(笑)。ボクはイジケたものは見たくないという気持ちが強いから。女性キャラで大人気の綾波レイにしても、言ってみれば、陰気でタチの悪い女っぽいし(笑)。
荒 でも、あれがあれ程支持されているのも不思議ですよね。
宅 大ヒットしてますね。『ザンボット3』から『ガンダム』、『イデオン』の流れでしょ。イジケ系悩み系ダメ系の極致ですよね。横山作品にはそういう暗さって基本的に無いじゃない。
荒 オレは石ノ森章太郎先生の『仮面ライダー』とかにもその系統あると思う。
宅 たしかに。『人造人間キカイダー』とかもね。
荒 「自分は改造人間になってイヤだよー」みたいなね。オレだったら「うれしいんじゃないか」と思うんだけどね。うらやましいじゃない単純に。ラッキー、みたいな。
宅 そのとおり!あの世界はちょっとメソメソだよな。グズなメソメソ感覚。
荒 「戦いたくないー」とかね。
宅 『サイボーグ009』とかの最後に「やっぱり本当の敵は人類だった!」とかそういうのヤダもん。悪玉ブラックゴーストの首領なんか、最後にすごくイヤな事言うんですよね。「ブラックゴーストを殺すには地球上の人間全部を殺さねばならない。なぜならブラックゴーストは人間たちの心から生まれたものだからだ」(地下帝国ヨミ編)とか。捨てゼリフもいい加減にしてくれ(笑)。
荒 『ジョジョ』だと吉良吉影は、ある意味で<肯定>した上で殺人鬼になっている。悩むとしても「勝つ」ために悩むならいいですよ。だけど人生悩まれても困るよね、前向きに悩んで欲しいよね。
宅 吉良だったら、今度はどの女を殺して手首切り落とそうか、ってこと?
荒 そういうこと(笑)。
宅 スカッと行こうッ!

ジョナサンはもう描けない
宅 荒木さんはいつ頃から漫画家になりたいと思ってたわけ?
荒 子供のころから漠然となりたいとは思っていたけど、プロを目指したのは高校の頃かな。受験勉強とかが嫌いでさ、逃避もあったかもしれない。
宅 漫画家以外では、ファッションデザイナーも考えていたというのは(笑)?
荒 (爆笑)それはないですよ。デザイン学校でファッションを習っていたんです。一度はマネキンのメーキャップの仕事で就職しているんですよ。ラッキーな年で、そのとき同時にデビュー作が採用されて、マンガの方を選んだわけです。
宅 デビュー作の掲載が遅れたら、今ごろマネキンのメークしてたかもね。
荒 今は懐かしいけど、本当に新人時代は厳しかった。もう何回書き直ししたか解らない。書き直しが20ページ中10ページとかありましたね。徹夜でやっと上がって持っていくと、「このページ、ダメタメダメ・・・・・・」「明日までにやってこい!」って感じです。
宅 「迫力無い」とか「構図が悪い」とか言われるの?「無駄無駄無駄無駄!」とか(笑)?
荒 「主人公の顔が違う!」とかね。初めはなかなか安定しないんですよ、表情が。
宅 でも漫画家さんって安定しちゃうと、キャラクターは髪型しか変わらない(笑)。
荒 美しい顔は一種類なんですよ。美学は一つ。だんだん線が決まっちゃう。どんなに上手い先生でもそうですね。池上遼一先生だってそうでしょ。
宅 でも、絵はだんだん変わっていくよね。ジョジョにしても、この10年間でタッチは変わってきてる。『少年ジャンプ』での連載もう長いよね、だって古株で言えば『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の次でしよ。
荒 やっばり歳を感じさせるよね。諦めちゃうときもあるよ、疲れちゃって。
宅 進行は徹夜徹夜でやっているの?
荒 いやー、さすがにもう無理ですね。連載当初ならともかく10年もやってると薬でも使わない限り(笑)。漫画家って一番クスリやりそうな人種じゃないですか(笑)。不思議にやんないね。みんなクスリ。やりそうなのに(笑)。
宅 荒木さんの場合はマンガを描く作業で、どこに時間がかかるの?
荒 僕の場合はやはり絵、ですね、ネームなどよりも。今は一日6ページが限度だけど、アシスタントばかり増やしても指示しきれないし。
宅 どこまで自分で描いて、どこからアシスタントなの?
荒 それは漫画家それぞれだけど、僕は人物は全部自分だね。これは譲れない。群衆は主な線だけで、服の柄とかはアシスタントに描いてもらうけど。
宅 絵を描き込んでいく感覚なんですけどね。ボクも似てるかなと思う面がある。ボクはひどい強迫神経症で完全主義なんですよ。単行本になると、一般読者じゃ気づかないようなところまで文章を手直ししたり。荒木さんは絵を描いてて、そういう自覚はありますか?
荒 うーん、わかる!描き直しはね、基本的にしないんだけどやろうと思えばいつまででもやっちゃいますね。それで、毎週の締め切りではいつも編集者には30分待ってもらっているんですよ。ほんとは来た時には終わっているんだけど、原稿渡す前に何かちょっとでも手を加えていたいんですよ。
宅 同じですね。ボクも原稿をなかなか渡せないの(編集者/苦笑)。
荒 だから、どこまでも描きこめるからついやりすぎちゃって(笑)。でもあれは無我の境地に入るんですよ。描いてるうちに気がつくと時間の感覚が飛んだりとか。
宅 第2部から第3部になった時、絵のタッチが変わりましたものね。今じゃ第1部の絵は描けないでしょ?
荒 そうそう。だから”ジョナサンでサインして下さい”とか言われると困るんです。「いやぁ、ジョナサンかけないよー」って(笑)。
宅 一度、ジョナサン・ジョースター(一代目ジョジョ)が誰だかわからなかったんですよ。折り込みポスターの絵かなんかで(笑)。
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吉良吉影のリアリティ
荒 宅さんは第4部の吉良が好きなんでしょ。
宅 第3部でディオという最強の敵を描いちゃって、あれ以上行っちゃうと『北斗の拳』みたいに終わるしかないじゃないですか。宿命のライバル・ディオという最強キャラクターがいて、100年の時を越え世代を超えて闘ってきた。で、「ディオの次は一体どんな強い敵だろう?」って思っていたら、何と敵は変質者だった(笑)!しかも爆弾魔。それでボクは「バンザイ!」だったんだけど。
荒 確かにあれはトーナメント制の否定なんですよ。勝って勝ってまた勝って・・・・・・というインフレを繰り返した後、どうなるのかっていう。ある意味で『ジョジョ』って、タイトルだけ一緒で違う作品なんです。ホントは休んで新連載始めたいけど、編集部が休ませてくれなくて(笑)。
宅 だからボクは正直言って第4部は、苦しくて乗り切りつつ描いてるなあ、と思った。
荒 ああ、ありましたね、それは。でもオレはいつも迷っていて、初めは批判も受けるけど批判覚悟で気にせず描いていると、読者にも納得してもらえるみたい。
宅 逆にボクはもっと吉良の方で暴走して欲しかったんだよね。
荒 でもあれはかなりヤバイ領域だよね。
宅 吉良と自分が重なっているところってあるでしょ?
荒 ありますね、確かに。
宅 どこなの、教えてよ~。
荒 いや、それは・・・・・・。
宅 モナリザで勃起したんですかぁ?(急に真面目に)
荒 (爆笑)あれはギャグですよ。
宅 いや、荒木さん。今日は本当のこと言いましょうよ。
荒 ・・・・・・実は近いモノはあるよ。自分のヌード体験ってのは、実はああいうのだよ。写真とかじゃなくて。西洋画に描かれた裸のビーナスとかさ。
宅 そういうのが好きなんだ(勃起しちゃうんだ――内心の声)。
荒 「ああ、女の人の裸ってこうなんだ」という美しさを子供の頃に感じたね。だから、原体験が女神とかのほうなんですよ。
宅 西洋絵画にね(勃起しちゃうんだ)。
荒 そう、あとシルクをまとった女性の体のラインってのがこう、くるんですよ。
宅 くるんですね(勃起しちゃうんだ)。
荒 じつは吉良のアイデアはまだあってね、吉良が殺して切り落とした女の手と、お風呂もトイレも全部入るってのを考えてたんですよ。でもさすがに「それはヤバイ」と止められて。トイレで女の手にお尻拭かせたりしてるんです、本当はね。
宅 (爆笑)最高! でも少年誌によく吉良なんかが載ったと思うよ。少年誌だと表現のコード(規制)があると思うんですよね。
荒 服を着ていてもちょっと男と女が抱き合ってたり、セックス想像させたりするとヤバイ。だから吉良が載ったのは不思議だよ(笑)。道徳性じゃないんだよね、読者の感情を逆なでして抗議がくるかの問題で。よくそういったシーンのカットとかさせられるんですよ。でも直接の抗議じゃないし、納得いかなかったりはしますね。
宅 別に「オラオラオラオラオラ」ってセックスしてる訳じゃないんでしょ(笑)
荒 そりゃそうですよ(笑)。でも体位の話を描いた時、マネキンみたいな絵だったのにダメだったんですよ。逆に描き直し覚悟で描いたヤバイ表現がすんなり通ったり、「モナリザで勃起」とか・・・・・・。吉良は青年誌だったらもっと描けたと思います。でも想像させておくのもまた、いいかと思いますけどね。
宅 寸止めってありますもんね。
荒 あと、宗教施設(寺院)を風景として描いた場合にも「マンガなんかに描かないで下さい」って抗議が来ちゃって、「場合によっては暴力的な人間を向かわせることもありますので」って話も聞いたことありますよ。
宅 宗教関係はラシュディの『悪魔の詩』の例もあったから怖いよね。いきなり半月刀とかで襲われたら。
荒 宅先生みたいに「明日向かうぞ」って(笑)

飛呂彦と八郎、二人は犯罪者?
宅 よく互いに神経症じみた話するじゃない。
荒 オレはそれほどひどくないよ! 多少あるけど(笑)。
宅 それでいうと、第3部に出てきたデス13(悪夢のスタンド)が好きなんですよ。だけどすごく怖い。悪夢とか見ない? 神経症のせいかもしれないけど、ボクは悪夢や寝言、そう絶叫がスゴイですね。
荒 あるある! 寝言ある。絶叫。
宅 (笑)仮説ですけど、その絶叫が荒木さん特有の描き文字(擬音語・擬態語)なんじゃないですか(笑)。それで、どんな夢見てるか覚えてます?
荒 よくは覚えてないです。
宅 落っこちたりしません?
荒 ありますね。あと、よく人殺してるのあるな、オレ(笑)。
宅 ボクもよく人殺ししますよ。
荒 でも正当防衛ですよ(笑)。
宅 ボクはそうでもないな(笑)。
荒 戦って、相手をメッタ打ちにしたり。
宅 殺されるってのはないですか? ボクは両方あるんですが。
荒 殺されるのはないですね。
宅 吉良みたいに手切ってたりして(笑)。それから醒めない悪夢といえば、例えば『サイボーグ009』とか『仮面ライダー』とか、人体改造のシーンを延々描いてたら怖いよね。
荒 ムムム。それは面白いかもしれん。
宅 人体改造手術ばっかり本気で描いて行ったら宮崎勤みたいなことになっちゃう。彼は幼女に対して「テレビで見た改造人間の、改造手術をした」って言ってるんだよ、供述で。仮面ライダーだと思うんだけど(笑)。
荒 あの事件まだ追ってるんですか?
宅 いや。とりあえず死刑判決出ちゃって。判決は法律解釈を考えると不合理だとおもうんですけどね。ところで凶悪犯罪といえば、オウム事件とか起きちゃうとマンガのリアリティが狂うっていうか、現実の事件のほうがすごいじゃないですか。報道見てました?
荒 というか、見ざるを得なかった。
宅 今のジョジョ、フーゴの「パープルヘイズ」(殺人ウイルスのスタンド)ってサリンぽいでしょ。究極の殺傷能力だもんね。
荒 そうだね。あれ収拾つかないんだよ。考えずに出しちゃったのはいいんだけど、展開を考えなきゃ(笑)。
宅 でも、地下鉄の中であの「パープルヘイズ」を登場させちゃったら、阿鼻叫喚のハルマゲドンで、少年誌じゃなくても「NO」と言われるだろうね(笑)。
荒 どうかな、載るかな(笑)。
宅 そういえば前、荒木さんやたらにルーズソックス気にしてたじゃない。女子高生の尾行とかしてたんじゃないの?
荒 ちがうよ! あれは見てただけ! 人間観察だよ!!
宅 (笑)まあボクもわかるよ、昔は尾行が趣味だったから。ビデオカメラで人のこと録画してたこともあるもん。あ、いっしょにしちゃ悪いか?
荒 近いところはあるね。オレも近所の野良猫の通り道を確かめたりしてる。楽しいよね観察するのって。
宅 奥さんに聞いたよ、近所の猫に嫌われてるらしいじゃん。
荒 え、どういうこと?
宅 いや、荒木さんの顔見ると逃げ出すって。前に特注の空気銃を見せてもらったでしょ。猫を空気銃で撃ってるらしいじゃない。趣味が「猫撃ち」なんでしょ!
荒 ち、違うよ(あせる)! あれは猫が庭でウンコして困ったからちょっと脅かしただけだよ。いつもやってるワケじゃない。ただハンター的に追って遊びたいんだよ。猫って毎日通るルートが決まっているワケよ。それを調べあげて猫が逃げたと思ってるところに先回りしてビビらせたりとか(笑)。
宅 で、撃ってるわけでしょ(笑)。前に、大藪春彦の犯罪小説みたいに、ボクが都内某所に作ったSM監禁拷問ルーム「ネズミ人間の部屋」を荒木さん、見たがってたじゃないですか。吉良がもっと続いたら、尾行とか監視、拷問で色々描けたでしょ。そこら辺をもっと期待しちゃうな。
荒 うん、尾行は今後、是非やってみたいテーマだね。
宅 ディテールだったら、協力しますよ。ボクはプロのストーカーだから(笑)
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スタンドの文法
宅 第4部に登場する漫画家・岸辺露伴も元は危ない人でしょ。漫画家が作品中で漫画家を描きだすと、精神状態がヤバイっていう気がする(笑)。
荒 ああ・・・・・・、そうすか(笑)。
宅 後は荒木さんが鏡を描きだすと危ない感じがする。ラカンじゃないですけど。それから『バオー来訪者』でいうと、予知能力少女スミレがスケッチブックから飛び出る男を見たりするじゃないですか。あのあたりの表現って、結構サイコだと思うよ。
荒 確かにね。鏡といえばニセモノ・・・・・・例えばウルトラマンのニセモノとかでてくるとヤバイ時なんだよね。苦し紛れでやっていることもありますね。
宅 子供心に変だと思ったのが、手塚マンガとかよく自分が出てきたりするじゃない。ベレー帽かぶったまま風呂に入ってたりして。
荒 登場しておいて手塚治虫が殺されるのもありましたよね。
宅 マンガというフィクションの中に本人が出てくるのは、おかしな構造だよね。
荒 でも、今度の短編も(『岸辺露伴は動かない』)、原作・岸辺露伴、絵・荒木飛呂彦なの(笑)。
宅 前に新人賞の審査員やったでしょ、露伴の名前で。選考作品を露伴センセイが批評していたのがおかしかった。荒木さんが言えないことを代弁していて。新人にガタガタ言うの好きじゃないでしょ?
荒 うんうん、気が弱いし。
宅 だから、ここは露伴先生にビシッと言ってもらおう、でもこれは自分じゃないっていう(笑)。寸評見たら、新人に対して割合きびしいこと言ってたじゃない。「つまんないね!」とか(笑)。
荒 露伴ないいだろうって。自分の口じゃ言えないくせに(笑)
宅 しかし、危ないと言えば荒木さんの作品って、けっこう手とかブッ飛んでるでしょ。手フェチっぽいよ(笑)。吉良なんか手を集めてるわけじゃない。
荒 でもあの辺はグロテスクには描いていないつもり。デザインとしてですよ。血にしても勢いを絵にしている感じです。
宅 デザイン、ですかあ。本当かなあ。でも仗助の「体を治す」ことが出来るスタンド能力というアイディア入れればあとはいいんだ(笑)。
荒 治せないと収拾つかなくなる(笑)。ストーリーの流れで殺しちゃって困ったりとか。でもここで殺らないとダメな場合があって。絶体絶命にしないといけない時が。
宅 つい殺しちゃったりして。ところで、昔、石川賢さんの『風魔小太郎』って忍者マンガなんて、生きたままノコギリで切ってたりしたんだよね。どこが忍法なんだ(笑)。そんな描写を『少年サンデー』でやってた。ちょっと山田風太郎入ってるの。
荒 オレは本宮ひろしが刀で手切ってるほうが怖かったですね。「これがワシの証じゃあ!」みたいな感じで、ドスンと(笑)。
宅 何が「証」なんだ(笑)。
荒 心外なんだけど自分はマイナー系って見られているところがあるみたいなんです。自分としては正統派を行ってると思うんですけどね。マンガの王道、というか。
宅 王道でありたいのはわかるし、認めるんです。荒木さんのキライなマニアックなファンに引っ張られないほうがいいのも実に正しい判断だと思う。
荒 ええ、そうですね。
宅 ただ、荒木さんの独特の描写、ボクはバイオパンク感って呼んでいるんだけども、テイストは狂ってるよ。吉良はいわゆる「王道」じゃないですよ(笑)。超能力であるスタンドってアイディア自体も、いま初めて読み出した人はわかんないと思いますよ。何でもう一人、背後霊みたいなのがいるのかわからないよ。
荒 長いマンガの欠点といえばそこでしょうね。一話完結ならいいけど。
宅 スタンドという凄いアイディアを思いつき過ぎたのかもしれない。スタンドっていくらでも展開可能な特殊ジャンルだもんね。
荒 ねえ、何なんだろあれ(笑)。よくわからない。偶然の産物だな、もう。
宅 自分自身で、スタンドみたいな固有のリクツって途中で解らなくならない?
荒 ああ、正直わからなくなるね。
宅 例えば、4部の由花子さんの髪って、どこまでがスタンドでどこまでが本当の髪なのか解らないし、最初の設定ではスタンドは普通の人には見えないハズなのに「これ見えてんじゃねーか」とか。
荒 (笑)そういうの出てきちゃうよな。
宅 スタンドの概念も途中で暴走というか変化してますからね。遠距離型や複数タイプが出てきたり。スタンドの「文法」を他の人に伝えようよすると大変ですよ。
荒 でも、本当はものって一言で言えないとちょっとダメだと思うんだよね。例えば「恐竜の映画!」とか「宇宙人が襲ってくる!」とかね(笑)。
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荒木コミックの演出論
宅 でも、あのアイディアはビックリした。爆弾魔・吉良のバイツァダストはすごい。時間を爆発させて時を戻しちゃうなんて。でもSF心の無い人があそこだけ読んでもわかんないだろうな。『ビーバップ・ハイ・スクール』とかの読者には(笑)。
荒 いや、わかってくれると思いますよ。オレはビーバップ好きだし。橫山光輝の世界が好きな一方で、梶原一騎の『愛と誠』も好きなんだよ。不良な世界がいいんだよ。『愛と誠』の純愛関係は実は屈折してるし。そしてあの不良な感じが、SFの一方で好きなんですよ。人間の汚いところ、本宮マンガ系の任侠ものにも燃えるんですよ。好きで読み込むマンガは別にあるんですけど、「来週どうなるのかな?」って気になって、本屋に駆け足で走っちやうのは「汚い系」のマンガのためなんですよね。横山光輝はカッコよくて大好きなんですけど、「明日楽しみだ」というのは本宮ひろ志なんですよ。
宅 わかるなあ、その感じ。ボクも『ヤングマガジン』の『代紋TAKE2』とか好きですよ。
荒 SFだと横山先生の演出、サスペンスの作り方とかがいいんですけど。あと『鉄人28号』の影のイメージっていいんですよ。
宅 あの「♪夜の街にガオー」ね。
荒 そう、暗闇で目がピカっと光ったりするあの感じ。
宅 じゃあ、『8マン』は?
荒 8マンはデザイン的にカッコ良かったと思います。演出はやっばり横山光輝だと思いますね。トリッキーな感じとでもいうのかな。「スッ」と急に後ろに立つシーンとかでドキッとするんですよね。
宅 あるある! ボクも8マンはデザインがシャープで好きだし。それから、『影丸』では一回炎の中に消えた男が戻ってくる物語性とかあるでしょ。ああいう兄貴分が戻ってくるというのは『スターウォーズ』だとハン・ソロでもそうだよね。アクション映画にもよくあるパターンだけど、ものすごいピンチになった時に死んだはずの兄貴分が帰ってきたり・・・・・・。
荒 まるで守護精霊の様に・・・・・・。
宅 ・・・・・・でもゃっぱり助けたあと死んじゃったりするんだけどね(笑)。
荒 アニメだと、タツノコプロがそういうの好きだよね。お父さんが実は生きていた・・・・・・とか。タッノコの絵はいいですよね。良くできてますよね。
宅 荒木さんのマンガ見ていると、そういう「兄貴のいる原風景」をよく見たりするんですよ。実の兄弟の設定でなくてもね、「兄貴分」が犠牲になることで「弟分」を成長させていったりね。荒木マンガの一つの特徴だとも思う。
荒 なるほど。そうだね。
宅 ところで、荒木さんは今、アニメって見ないでしょう。
荒 ほとんど見ない。オレはアニメはダメなんだよ。子供の頃は見てたけど・・・・・・ちょっと離れてると、入れなくなるよね。
宅 そうそう。入れないね、もう。中にはスゴいマニア向けってあるから・・・・・・。
荒 エヴァンゲリオンなんかも最初から見ないとわかんないよね。オレのファンも、あんまりアニメとか見ないみたいなんだよな。
宅 わかるよ。だって荒木さんの固有のタッチが好きなんだもん。だから、荒木さんの世界をアニメで表現しようと思ったら、予算とかを何も考えなかったら出来なくもないと思いますよ、おそらく・・・キチガイみたいな人が演出やればね・・・・・・。ボクとか(笑)。
荒 アニメ人気っていうと、他の作家さんのファンって、そのマンガ作品のファンなのね。例えれば、『るろうに剣心』のファンなのね、その作者のファンじゃなく。
宅 ええ、それが荒木ファンっていうのは、荒木さんの絵とか描写とかが好きだからさ。ほら、手や首がフッ飛ぶじゃない。たとえばそういうのが好きだし。
荒 そういう変態チックなのが好きなのか(笑)。
宅 いやいや、変態チックな描写ばかりではないけど(笑)。

ジョジョの未来
宅 第4部に描かれていたのは「潜んでいる恐怖」ですね。
荒 あれはスティーブン・キングの影響です。第3部では描けなかった部分だね。
宅 第3部は目的ハッキリしちゃってますからね。「敵=ディオ・行き先=エジプト・じゃあ=行く!」って。でも笑ったのが承太郎一行のとったルートと猿岩石がとったルートが近かったよね、あれはおかしかった。
荒 そうそう、テレビで見ていたら「このルートどっかで見たことあるな」って(笑)。でも政治的な問題であのルートを使わざるを得ないんですよ。いくらスタンドでも政治が相手じゃ、かなわない(笑)。
宅 第3部ではアジアから中東までワールドワイドな展開だったのに、いきなり第4部の杜王町って、じつは荒木さんの故郷の仙台でしょ。
荒 急に範囲が狭くなっちゃったんだけど、平和な街に「潜む恐怖」は、自分の住んでいる範囲だから描けるものだよね。
宅 キングみたいなお化け屋敷ものはね。スローな閉塞感が重要だから。
荒 それで杜王町にも疾走感が必要になった時に吉良を登場させたんだよ。タイミングを計ってて。週刊連載だと一番強い奴を出しちゃうと読者はそれしか見なくなっちゃうから。それで、第3部のディオでもそうなんだけど、真っ黒な影だけで描いたりするわけね。悩みましたよ、連載の難しさに。
宅 荒木流の週刊誌演出論だね。でも、第4部はうまくひっぱったじゃないですか。途中に吉良のエピソードも入れて。
荒 そういうテクニックを駆使しているんです。流れが止まっているように言われるのはそのせい。あの頃は『こち亀』みたいのを目指していた部分もあるんですよ(笑)。
宅 日常と非日常のゴッタ煮ですか。確かに4部の初めはあまり人が死なないように描いてましたね、最後にはいい人になったり。
荒 友人になったりとかね。
宅 あれは王道ですよ。桃太郎とか八犬伝みたいな物語の作り方ですよね。最初は敵なんだけど、意気投合して仲間ができていくという。
荒 ああいう話は好きです。
宅 ところで、今の第5部イタリア(ギャング)編って、一年以上やってるのにまだ導入感が強いんですよ。全体像が見えてこないでしょ、5部って。先が読めないんですよ。
荒 読めない・・・・・・か、オレも読めないよ(笑)。まあ、正直まだ考えていないところもありますよ(笑)。ジョジョは3部で終わるはずだったから、本当は。でもテーマがあるから安心してよ。
宅 最初は、主人公がボスを最終的にやっつけるって決意するじゃないですか。ただ、今はボスにとっての裏切り者を処刑しながら話進んでるじゃない。
荒 そうですね。会社組織の中でもあると思うんです。こいつはいつか消さなきゃって思っていても、この計画のなかでは、今は嫌いな上司を支持しとくのが有利だから、嫌いな奴とも手を組んでおく、とか。
宅 政治的判断(笑)。集団意志というか。
荒 そうですね。5部でやりたいのは「正義とは何か!」って奴。たとえばヤクザの理屈ね。『ゴッドファーザー』みたいな。
宅 ゴットファーザーは、何が正義か解らないもんね。メソメソしてないし。
荒 メソメソじゃないよ!前向き。吉良も自分の論理に忠実に生きてる人間じゃないですか、前向きに。ウジウジされると嫌なんだよな、読者もそうだと思うよ。それと、とにかくキャラクターを一人一人描き込んで行こうかと。
宅 第5部で嬉しいのはジョルノの能力(モノに生命を宿らせる)。へビとかピラニアとか、生き物いっぱい出せるでしょ。究極生物カーズ(第2部)とか、『バオー来訪者』から続く生物兵器の感じがいいんです。でも、ジョルノがロケットパンチみたいに自分の右手をブッ飛ばして、ピラニアに変形させて敵の体内を食い荒らすシーンがあったじゃないですか。ズボッ、ギャーッといくアレ。突然読んだ人は何がなんだかわからないですよ(笑)。作者が頭狂ったかと思うよ(爆笑)。
荒 それは確かにそうだけど。『少年ジャンプ』ではテレて書いちゃいけないんですよ。そう、これは車田正美先生の教えです(笑)。たとえば、『少年サンデー』なんかだと、欄外に「な~んちゃって」とか書くんですよ。
宅 ああ、テレ隠しで。
荒 でも『ジャンプ』ではそういう「言い訳」しないわけですよ。
宅 なるほど。ジョジョはいつまで続くの?
荒 ジョジョの血統が思いつかないね。第4部の仗助は浮気させて作ったけどさ。だから第6部はクローンしかないと思うんですよ。
宅 でも未来は描けないって、前にも言ってたよね。
荒 リアリティをまず作らなきゃいけないから、それだけで頭が痛くなってくるね。そういう意味で未来のイメージがわかない。
宅 架空では22世紀とか描けないんだな。その辺、手塚治虫ってスゴイよね。頭の中に未来の都市計画図があるんだからね。
荒 細かい描写も必要になってきますしね。ディテールを追求するとブレードランナー的になっちゃったり。その世界作るのはいいんですけど、肝心のテーマやサスペンスがおろそかになったりするじゃないですか。だからシンプルな方がいいんですよね。兵隊がジャングルに入っていくとか。
宅 で、ジャングルで困ってる話とか(笑)。なら別に未来じゃなくてもいいじゃない。そういう未来劇って脚色された時代劇だったりするでしょ。『スターウォーズ』だって原形は黒澤明の『隠し砦の三悪人』だし。
荒 スタイルが新しいだけなんですかね。でも、思想を発展させる未来の書き方もありますよね。ハードSFに多いんですけど。例えばフイリップ・K・ディックとかジャンキーだけの世界になったらいいとか。
宅 ディックはね(笑)。荒木さん、ハードSFも読むんだ。
荒 苦手ですけどね。ただ不思議だったのはファンタジーにある客層がいるじゃないですか。意外な感じですね。マイナーでマニアックな人たちの世界かと思ってたのに多いんですよ、今。
宅 社会現象アニメ、エヴァ人気にも通じるでしょうね。
荒 ファンタジー読みます?オレも読んでみるんですけど全くダメですね。
宅 魔法がかってるもの、宗教っぽいものは読めない。崇高な世界ってわかんない。
bubka05
荒木飛呂彦は映画が大好き
荒 高級じゃなく、トリッキーな感じというのかな、映画でも、そういうトリックものってバカにされてる面があると思うんですよ。技巧に走るってのが。でも面白さの普遍性ってそこにあると思うんだよね。
宅 それはわかるよ。たとえば暴論を言うと「黒澤明ってB級」じゃないですか。少なくとも、あれが芸術作品なのか、と。
荒 演出方法がなんというか、トリックですよね。人をだますというか手品的な演出で。「なーんだ」って言われちゃうんだけどもそれが普遍の条件と思うんですよ。横山光輝にはその魅力があるんですよ。
宅 『伊賀の影丸』で忍者と忍者が催眠術のかけ合いをした時とか好きだよ。ボクあれ読んでて自分が催眠術にかかって寝込んだもん(笑)。そういう感覚もあるのかなあ。
荒 そうですね、それ。でも読者のなかにはそれを解ってくれない人もいるんですよ。バカにしたりとか。でもそれがないと本質には行かないとおもうんだよね。
宅 『ジョジョ』で第3部ダービー兄弟のあたり読んでいて思ったのが、荒木さん『12人の怒れる男たち』とかも好きでしょ。
荒 シャーロック=ホームズ的なのね。あとトリッキーっていうと『ルパン三世』。名作中の名作ですね、私のなかの。
宅 トリックものは高級感が無いと言われるんだけど、映画なら黒澤明は天皇って言われるでしょ。でもよく見るとB級だという。
荒 外国に認められたから、みんな黙ってるのでしょうけど。
宅 アカデミー賞か。でも実は『火曜サスペンス劇場』みたいなもんでしょ(笑)
荒 それはちょっとないよ(笑)。
宅 そうか、火曜サスペンスはいくらなんででもないか(笑)。でも黒澤黄金期のさ、三船敏郎と仲代達矢のやりとりなんて超B級だよね。『椿三十郎』の血がドバーッとか。
荒 うん。例えばカメラがぐーっと顔に寄っていってそのまま口の中から胃袋まで入ったりとか、バカにされると思いますけど、それがマンガでは重要だと思うんですよ。
宅 そういう意味だとさ、ジョジョでも、映画だとたとえば『シャイニング』とか『スピード』とかの感じを使ったりしてるでしょ。
荒 ちゃんと見てますね(笑)。
宅 ところで、映画俳優では誰が好きですか?
荒 クリント・イーストウッドが昔から好きですね。作家、監督としても。
宅 吹き替えはルパンの山田康雄でしたね。
荒 だけど、オレは『大脱走』が映画の中で一番好きだな。スティーブ・マックィーンのあのへこたれない性格がジョジョの主人公の元だね。「なんで俺が戦わなくちゃいけないんだ」とかメソメソしないし。
宅 そうかジョジョ役はマックウィーンだったのか!

「宅さんには好かれたくない」荒木
宅 でも『大脱走』ってじつは暗いですよね。3人くらいしか助からないし。あと、ブルース・リーとかは見なかったの?
荒 見ましたけど、いまいちキャラクターがわからなかったな。
宅 そうか。塔を上がっていくとどんどん敵が強くなっていくってのは、マンガの王道パターンだけどね。
荒 そうですね。
宅 でもボクはまた吉良みたいなキャラを出して欲しいよね。キチ・・・・・・。
荒 ガイ(笑)
宅 ボクもスティーブン・キングが好きなんですよ。高校時代のあだ名がシャイニングだったし(笑)。それとキューブリックの「2001年宇宙の旅」は宗教的領域まで描いた、とか言われているけど・・・・・・。
荒 (受けて)じつは良く解らない、というところありますよね。
宅 うん。『スターウォーズ』の方が全然面白いけどね。それからボク、スピルバーグはあまり好きじゃない。『未知との遭遇』、『ET』とか。ボクはファンタジーだめだから。
荒 宅さんはもっと刺激がなくちゃだめなんですね。
宅 ボクはもっとシャブ、ガンガン来てるみたいのがOKっす。別にボクはドラッグやらないけど(笑)。そういうアッパー系のが。ジョジョとか。
荒 なんか宅さんに好かれるの嫌かもしんない。オレ・・・・・・(笑)。
宅 荒木マンガは大好きだよッ!
荒 ほめられてる感じしないなー(笑)。
宅 でも、『ビッグコミック・スピリッツ』の『いいひと。』みたいのも好きだよ。こう見えて『一杯のかけそば』で泣くような男だから。『一杯のかけそば』で泣いて、『シャイニング』でへラへラ笑ってる男。最近は『いいひと。』がいいっす。
荒 裏読みとかしてるんじゃないの?
宅 いや。ああいうのは単純に裏読みしないで、ほのぼの「いいな」と思ってる。よし、ボクも人に親切にするぞ、とか(笑)。
荒 だけど、宅先生は「いいひと」が急にさ、次の瞬間に「恐い人」になったら・・・・・・とか思わない?
宅 思う。確かにあれって一種のホラーな感じですよね。『いいひと。』って実際あんなやつが街歩いていると思うとホラーみたい。
荒 あいつ、そのうち何かやるんじゃないか、って思うよね。
宅 テレビドラマではSMAPの草彅クンが主人公だけど、いいキャスティングだよね。恐いもんキムタクとかより草彅クン。
荒 ああいうタイプってキレたりするよね、学校にいたけど。
宅 ジョジョ実写化の際は、吉良の役を是非、草彅クンに。
荒 いいですねー(一同爆笑)。

最後にこんな募集がありました。
takutai06
「第1回吉良文学賞作品募集」
なんと最優秀賞は吉良吉影のサイン!(2、3位が荒木先生のサイン)
これ、結果がどうなったのか追えてないので、どんなサインだったのか気になります。
(なんせ、国会図書館にも当時の雑誌が残っていないし、いつの号に掲載されているのかもわからないし・・・情報求ム!) 
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リアル脱出ゲームにハマッて以来放置していたブログをきまぐれで更新。
気づいたら20万アクセス超えてました。

ユリイカ1997年4月号の「特集 J-コミック'97 マンガ家が語るマンガの現在」より。
この企画では、荒木先生の他に楳図かずお、吉田戦車、伊藤潤二、安野モヨコら15人の漫画家のインタビュー・対談が掲載されています。
荒木先生のインタビュアーは精神科医の斎藤環氏。
yuriika

進化する『ジョジョ』
―― 私は本業は精神科医なんですが、精神病理的な視点から語りうる漫画は、『エヴァンゲリオン』や吉田戦車などを筆頭に近年たいへん多いのです。これに対して荒木さんの作品は一種「過剰な健康さ」が特徴と言えるのではないか。ふつう健全なコミックというのは、人畜無害のつまらないものと相場が決まっているのに、荒木さんのものは健全性と個人的な表現衝動が他に例を見ないバランスを維持しているように思います。今回は荒木ファンの一人として、そのあたりの謎に迫りたいと考えています。まあそれは後のお楽しみということで、まずはデビュー当時のお話をお聞かせください。
荒木 出身は仙台です。二〇歳の頃にデビューしました。『魔少年ビーティー』という連載を仙台で描いていて、次の『バオー来訪者』の時、一九八四年のロスアンゼルスオリンピックの時に上京しました。ジャンプの『ジョジョの奇妙な冒険』(以下『ジョジョ』)は一九八七年から連載がはじまったんです。
―― デビューされて一六年、ことしは『ジョジョ』一〇周年ということになります。代表作である『ジョジョ』サーガは単一の作品というよりは、いろんなものを詰め込むための物語装置というか、世代ごとに受け継がれて別の作品になってゆきますね。現在の第五部に至っては、シリーズで共通する登場人物は広瀬康一くらいですし。
荒木 そうですね。読者が気に入らなければ、いつでもやめなければいけないという宿命がありまして。それでも、三部くらいまではある程度テーマみたいなものがあって、現代まで来ようと。主人公も、それはあまりなかったことなんですが、変えてゆこうと。そういうことをおぼろげには考えていたんですよね。
―― 物語が「ジョジョ」という血筋=固有名の連鎖で繋がっていく形式は、非常に新鮮でした。第五部の主人公「ジョルノ・ジョバァーナ」が、「ジョジョ」一族の宿敵「ディオ」の息子であるという設定のように、血筋の流れの中で、敵味方が渾然としてますね。
荒木 人間というのは良い人でも悪い人でも認め、賛美しよう、読者に元気を与えよう、そういうテーマから始まっているんです。そうすると血とか、生き方とかが重要になってくる。主人公を描く時に必ず、親の代とか、どういう境遇で育ってきてこの主人公が今あるかたちで存在しているのかということを確立し、固めていくんですよ。そういうところからやっていこうと思ったんです。
―― 最初の設定としてはだいたい三代目まで、つまり「空条承太郎」までですか。
荒木 あの辺は結構ストーリーの進行を急いでいるんですよね。三部までいくことはもうわかっているから。だけど、三部は最後だったし、これで終わりなのかなみたいな感じでやっていたんですけれど・・・・・・。描くことがガンガン出てくるというか・・・・・・。
―― 荒木さんにはあんまりスランプってないんじゃないですか。
荒木 人によって違うと思いますが、僕は割合に波が短いんですね。
―― 漫画家というと締め切り前にドリンク剤をガンガン飲んで徹夜して、みたいなイメージがあるんですけれど、荒木さんは割とクールに昼間に仕事時間を決めて、淡々と職人的にこなしてる感じがします。
荒木 するどいですね。その通りです。
―― 以前インタヴューで話されてますよね(JoJo6251「荒木飛呂彦の世界」所収)。日曜日に構想を練って、月火水とかけて描いて金土が取材。それが一〇年続いているわけで、なおかつマンネリにならないというのがすごく不思議なんです。いまだに絵柄まで進化し続けるということが、どうして可能なんでしょうか?
荒木 多分、反省じゃないでしょうか。読み返した時にちょっと違うなとか、他の作家さんの方がいいなぁとか。そうすると、やはりその点をちょっと変えていこうかと思っている。特に意図はしてないんですが。
―― 荒木さんでも他の作家の絵柄がいいとか、羨ましいとかあるんですか?
荒木 ありますね。ですが、クセがあったりして、なかなか自分の思う通りにはいかないんですけれど。
―― クセというか個性が強烈ですよね。面白いのは荒木さんの亜流ってあんまり見かけませんよね。たとえばひところ大友克洋の亜流っていっぱい出ましたけれども、荒木流って見たことない。
荒木 変化するから真似のしようがないかもしれないですね。
―― 絵柄だけ真似てもしょうがないし、セリフ回しや、めまぐるしい視点の切り替え、極端な構図やパースなどの総合されたものが荒木流ですから。亜流が出てこないというのは、そういう技術的な問題でもあるでしょうね。
荒木 絵もそうですが、ストーリー展開でも登場人物の視点が、私は自分ではずいぶん切り替わるなぁと思っているんです。そういう描き方じゃないとストーリーが進行しないというのもあるし。多分一回一九ページという制約のせいで、目まぐるしくならざるを得ない時はあるかもしれないですね。
―― それと時間の流れが独特ですよね。単線的には流れて行かない。手品的なトリックを多用されていて、時間が後戻りして実はこんなことをしていた、とか。まあ「スタンド」も実際に時を止めたり、戻したりできるわけだし。
荒木 一秒のことを綿密に描いたりするんです。登場人物が落ちていく間のことを、延々と描いて、落ちている間にここまで考えるか(笑)みたいな。
―― 第四部ラストの「吉良吉影」が死ぬところは、時間にして十五分くらいの出来事を、ほぼ単行本一冊を使って描いていますもんね。このあたりは漫画ならではの時間性ですね。
 荒木さんの作品は、理詰めで明快な娯楽性といいますか、それこそSF的な意味で常に説明がきちんと出来ているじゃないですか。「スタンド」にしてもトリックにしても原理がきちっとしていないと気がすまないみたいな・・・・・・。
荒木 それはあります。幽霊や超常現象にしても、目に見えないものを描いていく場合、それが科学的であろうが漫画的であろうが、ちゃんとした原理がないと満足出来ない。それで「スタンド」みたいなものが生まれたんですよね。
―― あれはすごく斬新な感じがしましたね。あれに似たアイデアって見たことないんですけれど、なにかヒントはあったんですか?
荒木 いえ、それも「願い」から出て来たことですから。つまり超能力というのはただ念じたらバーンって割れる感じを、まぁ、何か出てきて叩けば読者はわかりやすいなと。ただそれだけなんですけれど。『うしろの百太郎』を読んで、守護霊なんかが出てきても、ただ出てくるだけで何もしない(笑)。パンチでも繰り出して、悪霊をやっつけてくれればいいのにと思っていて、そういう発想で出て来たことだと思うんですね。
―― 八〇年代初頭には、一方で大友克洋ブームがあって『童夢』のような、それこそ目に見えない超常現象をみんな描きたがる傾向があったじゃないですか。あれに対するアンチというものを多少意識されたところはあるんですか?
荒木 そうですね。超能力のわかりにくさというのをなんとかしてやろうというのはありましたね。でも大友先生の空間の描き方にはすごい勉強させていただきましたよ。コップの割れ方とかね。よく見て描いていくとちゃんとわかるんですよ、理論的に描いていて。ちゃんとこう、パズルみたいに破片をきっちり描くんですよね。水の散り方も、写真に撮ったりしてスローモーションを見て描いているんじゃないかと思うような、そういうのがすごい緻密で。好きで読んでいましたが、ただ超能力の部分がちょっとわからない、納得いかないんですね。じゃあ、わしらは叩きに行くんだ!みたいなね。そのへんが願いとして出てきたということなんだと思うんですね。
―― 独特のセリフ回しというのはいろいろなところで指摘されていると思うんですけど、翻訳調というか、翻訳ものを読んでるような感じを持つことがあるんですが、それは意図してやっておられるんですか。
荒木 いや、本を読んだ影響が残っているんじゃないかと思うんです。そういうふうに喋っている時もありますね。なりきっちゃってね(笑)。
―― 海外の小説はやっぱりキングがいちばんお好きなんですか?
荒木 そうですね。他のサスペンス系の作家をあまり読んでいないだけかもしれないですけれど。
―― 擬音についてはどうでしょう。あの一部で有名になったキスシーンの背景音がありますね、「ズキュウゥーン」という(笑)。キメの場面では必ず「バーン」とか「ドドドド」とか、独特の効果音が出てきますが、あれも内面からほとばしってくるわけですか。
荒木 何かリズムみたいなもので「このシーンにちょっと欲しい」とか。映画の影響だと思いますよ、やっぱり。たとえば殺人鬼が後ろに立つと急に音楽が鳴るじゃないですか。「キュンキュンキュンキュン」とか、「ズンズンズンズン」とかさ(笑)。なんなんだろうね、あれは。あれが欲しいんですよ。
―― やはり映画的に展開しようというのはありますか?
荒木 ありますね。視点とか、カメラの目で想像しながら描いたりしますもん。カメラがモノに寄っていったりするのがちょっと恐いなとか。何の変哲もない水の入ったグラスでも、ゆっくりとカメラが寄っていくと、毒が入っているんじゃないかなと思うじゃないですか。もちろん漫画の画面という制約はありますけど。
―― 映画はかなりお好きのようですね。
荒木 だいたい話題作は観ていますね。監督ではクリント・イーストウッド、コッポラ、デ・パルマ、スピルバーグあたりが好きですね。リンチやキューブリックは、僕はちょっと駄目なんです。もちろんいいところはあるんですが、自分のものとして採り入れようという気にはならない。
―― キャラクターもですが、ともかくスタンドの造形が見事だと思うんですよ。ウルトラマンをデザインした成田享さんが書いてますが、化け物をきちんと描くのは難しくて、かなり技術のある作家でも、化け物だけは奇形やせいぜいキメラ的な造形になりがちなんです。 荒木さんの描く化け物は、デザイン的な整合性もさることながら、ちゃんと健康で自律した生命を持っていますね。だからぜんぜんグロテスクには感じられない。
荒木 グロテスクなものは、もしかしたら描けないかもしれない。まあ作品中でもあまり残酷なシーンは描いていないと思います。例え血まみれになるような場合でも、出血はあまりリアルじゃなくデザインするし。ただスタンドの造形にはそんなに苦労しないですね。民芸品や人形の使えそうな部分をちょっとずつ持ってきたりして。それにスタンドの能力を加味して考えます。
―― 「エコーズ(広瀬康一のスタンド)」なんかも無造作に出てきた感じですか?ちょっと工夫した感じもしますが。
荒木 「エコーズ」はちょっと考えたかもしれない。はじめて成長するタイプのキャラクターを試したので。スタンドも卵から孵って変化するという。
―― 広瀬康一は好きなキャラクターなんですよ。
荒木 まあ彼の運命いかんで再登場となるかもしれませんね。でも本当にあまり計算はしていないですね。一見計算しているように思われるみたいですが。ストーリーの計算も最初の頃はやっていたんですが、ある時ね、なんか日記みたいにして描いていてもいいんじゃないかなって、今日思ったことを綴っていこうかなという気になったことがあるんですよね。ただ、方向性をはっきりさせているんで。
―― 過去のキャラクターにはあまり思い入れはない?
荒木 考えもしませんね。別れた友達みたいな感じで、懐かしいなというだけで。次の週のことで頭がいっぱいで忘れるんですよ。この世界は振り返っている暇がないんじゃないかな。
―― 以前、寺沢武一さんが荒木さんのことを、最後までストーリーを練ってから描くタイプだと解説されていましたが。
荒木 いや、それはもうないです。もう来週のストーリーがわからないですから。『バオー』や『ジョジョ』の第一部の頃はそうでしたが、それをやっていると持たない。
 ただキャラクターに対して明確なイメージがあれば、その人の「運命」で行くんです。人と同じで、動かざるを得ないというか。主人公の動機付けがはっきりしていれば、こういう気持ちだからこう行く、というのは必然的に決まってきます。
―― その辺がスランプのなさというものにつながるんでしょうかねぇ。
荒木 いや、スランプはありますよ(笑)。
―― ないと言い切ってしまうのも問題でしょうけれど、ほかの方との比較で。漫画家も絵が上達するにつれて、どんどんイラスト的な比重が高くなって、物語を動かせなくなってしまうというパターンもあると思うんですが、荒木さんの場合、全然それがないですね。絵柄の変化と物語の進行が相互に加速し合っている。このテンションで一〇年続いている漫画って他にありましたっけ? 『ジャンプ』でも『こち亀』が二〇年で、『ドラゴンボール』が一〇年ぐらいでしたか。ただ『ドラゴンボール』ですらパターンの反復は避けられなかった。トーナメント方式で、どんどん強い敵が現われていく。荒木さんは、こういうトーナメント方式に対して、疑問を持っているように思うんですが。
荒木 バブル的だなと思うんですよ。あの後どうするのかなと不安になるというか、自分がそれをやれと言われる時は、えーっと思うんですよ。トーナメントは完全に否定しているところはありますからね。
―― 『ジョジョ』に関しては、どうもトーナメント式に誤解されている方がずいぶんいるみたいなんです。批評家までがちゃんと読まないで、あれはトーナメントだと断言したりするのは本当に残念です。物語が何部かに分かれているところや、あとスタンドの能力が一つしかないということで、強さよりも質で差別していますよね。こういう設定によって強敵のインフレーションを防ぐという意図はあったわけですか。
荒木 トーナメント方式は読者には受けるので、編集者がやっぱりやろうか、と言う時もあるんです。でもその時は「うーん。でもこの敵が終わったら、その時僕はどうすればいいんですか?」みたいなね。実は、第四部の杜王町の時に、これで終わりかな、と思ったことがあったんです。また違う漫画を描かなきゃいけないのかなぁと。ところが、編集部が「休みは駄目だよ」と言うから(笑)。それで仕方なく、無理やりキャラクターを作って始めましたが、でも描いているとキャラクターに情が移ってきて。
―― 広瀬康一がうまくバトンタッチをしたという感じで、読んでいるほうは何も違和感というか、本当に作為が感じられなかったですよ。
荒木 あそこは結構作ったなと自分では思っています。でもだんだんキャラクターに入っていくところから、そういう感じがなくなるのかな。

少年漫画の王道
―― 荒木さんはいろんな意味で、漫画の王道を行っている感じがしますね。
荒木 でも勘違いされて、マイナー系の人だなと思われているところもあるんです。自分では昔からある少年漫画の精神を受け継いでいるつもりなんですが。
―― それは本当にそうですね。要するに漫画の批評が荒木さんの作品について語る言葉を持っていない。私は今日、それを力説したくて来たようなものなんですけれど。これはあきらかに不当な過小評価だと思います。初期のころは「セリフや擬音が面白い」とか、そういう些細なところで持ち上げておいて、いまやマンネリとか言ってますけど、私はテンションはかえって高まっていると思います。実験性が目につかないせいでしょうかね。わかり易い実験をしないというか。いまのところ、正当な評価と思われるのは宅八郎の批評(『イカす!おたく天国』所収)だけですね(笑)。
荒木 読者が『ジャンプ』の読者ですから。そういうのに鍛えられているせいなのかもしれないですね。でも何かそれも過大評価じゃないかという(笑)。
―― いや、この王道を行きながら実験的であるというのはすごく稀有なことで、現在のあまりにも不当な評価を多少なりとも逆転させようという使命感を持って、今日は来たようなものです。
 荒木さんの作品は生命賛歌といいますか、健全というのともちょっと違いますが、すごく健康的なんですよね。私は一方では吉田戦車の漫画について語ったりもしているんですが、あれはいろんな意味で病理的に語れるところがあって、逆に語り易いんですよ。ああいう漫画はどう思われます?
荒木 好きですね。ああいう人間の病的な部分をえぐり出す感じも面白いですよね。ああいう漫画を読んでアイデアが浮かんだりするけれども、僕の漫画のテーマの根本は、人間を賛美しようというところにあるんで、ちょっとそこに視点を移しちゃうだけなんですよね。ただ、僕の漫画も裏返せばああいう漫画になるとは思いますが。
 前の編集者には、「もっと人間の悲しさを描こうよ」とかいうことも言われたんですよ。そうすると、うーん、描けないなという時があるんですよね。「わしの資質が違うかもしれん」とかね。そういう時はやっばり悩みます。描いてみたいと思うんですよね。
 小説でいうとS・キングのホラーとか、ああいう”生まれてきた悲しさ”みたいなのもやっばり「人間賛歌」だと思うんですよ。だけど、それはちょっとなかなか行けない。だから、そこを中心に語ってしまうとへボな作家だなみたいな感じだと思うんですよね。あまりそこに焦点がいくとね。映画でいうと『セブン』のように地獄に突き落として終わるようなみたいな、あのへんは行けないと思いますね。どこかで救ってしまうんですよね、わしは。でもああいうのもいいんですよね。いいと思うんですよ。いずれは挑戦しようかなと、テーマがビシッと合った時にトライしてみたいとは思うんですが。
―― 第四部というのは少し流れが変わってサイコパスものというか、『羊たちの沈黙』とか『セブン』とか、あの辺のテイストがちょっとあるんですね。
荒木 そうですね。時代ですかね。『ジョジョ』の第三部あたりは神話的なストーリーの様相があったんですけれど、四部あたりで少し日常のものに移ってきたというので、主人公がそういうふうになったんですよね。
―― それは積極的に採り入れた感じですか。それとも日常を描こうとしたら、必然的にそうなったという感じですか?
荒木 そうですね。宮崎の事件とか、ああいう感じで。敵の象徴が何かなと考えた時に、ディオもいろんなものの象徴として描いているんですけれど、やはり日常の、隣に住んでいる人が何をしているかわからないというのがいちばん恐いなと思ったので。で、いまの第五部の敵は内部にいる、自分の上司が敵ということになります。これは自分を守ってくれるはずの政治家や警官が敵かもしれないという意識に重なりますね。
―― 第四部の「杜王町」は例外として、あまり世界が箱庭的にならないようにということは考えますか?オタク的な閉じた空間のなかで敵が出てくると、それこそトーナメントみたいになってしまうということで。
荒木 必要とあればそれもやらないことはないと思います。でも一週間で描いている時は、本当にここだけなんですよ。一秒のあいだだけ、この空間だけでどういう攻防があるんだろうなということを考えています。そういう感じですので描いてる時は狭いですよね。あとから見るとその世界はでかくなっていますけれど。
 それと毎週アイデアは一個しか出さないというのがあって、ニ個出すと読者はわからなくなるというのがあるんですよ。描くことは一個だという漫画の描き方があるんです。編集者がそういうことを言うんですよね。アイデアが二個あると、編集者は「そんなに考える必要はない」「ニ個あると駄目だよ、読者はどっちを読んでいいのかわからないだろ」と。一個でいい。一個を照れずに描き切ると。「こういう照れたようなコマは駄目だよ」とか、あるんですよ(笑)。あえてやるんだと勇気づけられますね。こっちがちょっと不安になってくるところを「大丈夫だから」とかね。そういう編集者の言葉は大きいですね。
―― 血筋の話ですから家族が出てくるわけですが、だいたい父親が死んでしまったりとか、ヨボヨボになっちゃったりしますよね。女性を守るためといっても、それは母親を守るため、助けるために闘う場合が多いようですが、この辺も一種の健全さとして受け取ってしまうんですけれど。
荒木 うーん。読者がこれはちょっと変だなと思うようなことは避けようとすると、どうしてもそうなってしまうというか。恋人を守るためだったら、ちょっと気高くないかなという・・・・・・。もうちょっと欲望の部分、自分の損得の感じが入っていたりするけれど、それがちゃんと愛になるまでいろいろ描かなけりゃいけないですよね。だけどお母さんとか肉親だったら何の動機もいらないと思うんです。女性を守ったりすると違う話になってしまうんですよ。なぜその女性を守らなければいけないのかの話を描かなければいけなくなってしまう。話がずれていってしまうんですね。まあ女の子があまり描けないというのもありますが。何度か試してはみたんですけどね。
 闘いの漫画を描きたいのに、読者はそれまでに我慢しなければいけないわけですよ。熱心な読者は読んでくれるかもしれないですけれど、『ジャンプ』の読者は闘いが見たいのに、そんなところを延々と描かれていたんじゃ……。だったらお母さんにして、そこのところはパーンと流すというやり方というのはあると思うんですよね、打ち合わせの時にまどろっこしいやり方は却下したりとかね。だからパズル的な作り方の時もありますね。ここにこうはまるとか、それは駄目だなぁとか。ここでちょっとあいつを助けようかとか、そんなのはかったるくないですかとか。ジェームズ・キャメロンのようにゴーンと行かなきゃ駄目だという時があるんですよ。キャメロンは骨太に行くところが好きですね。余計なところはあまり描きませんよね。でも背後に物語がある。
―― 実写映画が撮れたらなと思うことはありますか?
荒木 自分で撮れたらなという希望はありませんが、映画というのは芸術としてすぐれた伝達方法なんだなと思う時はありますね。映画は認めて尊敬してます。でも漫画が映画みたいな芸術になるのかなというところは疑問があったりもしますけれども。アニメはあんまり眼中にないし。
―― 加藤幹郎という評論家が、寺沢さんとか荒木さんなどの漫画を総称して、マニエリスム、つまりきわめて高度な技術で絢爛たる引用をちりばめた漫画だと指摘していますが、それは意図的になさっていることなんですか?
荒木 そうならざるを得ないというところですね。
―― 引用はされるけれどパロディはあまりされませんよね。シリアスなタッチでもアニメ的なおちゃらけがないといいますか。
荒木 あの、多少馬鹿馬鹿しいと思っても、照れずにやるというのは基本なんですよ。ちょっと照れはあるんだけれど、そこを突き破っていくんですよ。そういうテクニックってあるんですよ。あえてやる!みたいな(笑)。決心がいるんですよね、あれはね。
―― やっばりおちゃらけてしまいたいという誘惑はあるんですか。
荒木 ははは。あるんですよ。描いていてちょっと、なんかやばいんじゃないかなと思うこともあるけれど、それを見抜かれると読者がしらけるから。でもあれもジャンプの伝統なんですよね。車田正美先生とか、なんでここまでノレるかなという、すごい人がいますからね。
―― あれは『ジャンプ』ならではという感じですよねぇ。
荒木 よく考えると、なんで宇宙に飛んでいくみたいなね(笑)。だけど、完全に読者の上をいってしまうから、ああーってなると思うんですよね。
―― ちなみに技の名前を叫ぶのは車田正美先生ですね。
荒木 ですね(笑)。
―― 車田先生はパンチシーンの構図はだいたいいつも一緒でしたけれど、荒木さんはその辺は描き分けておられますよね。
荒木 だんだん時代も進化してくるわけですからね。うん。だから僕の漫画はやはり伝統に則っていると思います。
―― 最近こいつはいいと注目しておられる漫画家の方はいますか?
荒木 うーん。いっばいいるけれども認められないなという部分もあったりとか。オタク系の漫画家というのは、ちょっと理解できないけれども、うまいとは言わないけれども、やっばり独特の魅力があるのかなと思うんですよ。みんな熱狂的にその絵がいいといって支持しているわけでしょう。だけど自分にはわからない部分もあったりして。なんでこうペラペラに描いていいのかなとかね。同じ顔ばっかりでいいのかなとか。
 望月峯太郎さんは好きですね。『ドラゴンへッド』は読んでます。『バタアシ金魚』はよく判らなかったけど、『座敷女』のころからいいなと思い始めて。『ジャンプ』では、うすた京介『すごいよ!マサルさん』。あとあの『カイジ』の福本伸行さん(『ヤングマガジン』連載)。『カイジ』はわし好みじゃないですか、そんな感じしませんか。絵はちばてつやを記号にしたみたいな感じで、そんなにうまくないけど。あれはいいんですよ。去年燃えたのはあれですね。本屋に走っていったのは久々ですね。
―― 今日のお話を聞いてますます確信しました。やっばり我々がすごいと思っている部分を全部軽い気持ちで出しておられるというのがわかりましたので(笑)。これはもう天才性の証ということで。
荒木 天才じゃないですけどね(笑)。でもあまり重要じゃないと思うんですけどね。
―― 我々の見方も間違っているのかもしれませんけれど、でも他の漫画と違うところに目がいってしまうんです。意図して違わせてるのかなと思うと、そうでもないわけですよね。自然に出てくるもので。
荒木 それしか行けないですね。
―― そのノリで今後も一〇年、二年と。
荒木 わかりました。頑張らせていただきます。つらいですけど(笑)。

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